第11話 片瀬と鹿能

 鹿能より少し年下で大学生の剛君は、住みやすいと云う理由だけで金沢大学を選んだのだから変わり者なんだろう。何でも雪国の人は彼に云わすと取っ付きやすいそうだ。人前で裏表を使い分けるお公家さんの街で育った者には、それが実に新鮮に映るらしい。それでスッカリ魅了されて盆暮れでもめったに帰って来ないから、今度の祖父の死は何年ぶりかの帰郷になった。しかし家族の目は実に覚めている。久し振りに帰郷した我が家なら上も下へも置かないぐらい気に掛けるのが、ここではそんな素振りがないのが気になる。見渡せば一番真面な顔付きに見えたのは紀子のりこさんぐらいだろうか。他に家族の一員でないのは片瀬だが細かい表情まではここからでは見通せない。

 ここへ来て十年になるらしい紀子さんは、スッカリここの家族に溶け込んでいても、時々は聞き返しているから、矢張りまだ馴染めない処があるらしい。それでも白井さんのことになると紀子さんとは話が合った。どうも庭の花木の栽培方法とかを、彼女は白井さんからいろいろ聞いていたらしく、そこが鹿能とも喋りやすかった。それでも彼女は座卓の状態を把握して、酒や料理の補充に席を良く外すから、話が合っても繋げなかった。

 次に希未子きみこさんはお兄さんの健司さんと引き合わせた。彼は大学時代から放浪癖があるらしく、祖父の口利きでなんとか卒業させたがこれが良くなかった。今度は兄が本格的に外国を放浪した。しかしその裏で祖父は、これは内の会社に役立つと遊ぶ資金を惜しまなかったそうだ。健司にしてみれば気が付けば孫悟空じゃないけれど、お釈迦さんの掌を飛び回っていたに過ぎないと希未子さんの嘲笑を買った。勿論それはおじいちゃんの資金援助が有っての事だけどねと付け加えることも忘れない。

「希未子、お前その出所をいつ知った」

 兄は鹿能の貌を掠めるように見ながら訊く。

「ばっかじゃないの」

 と希未子は、兄が指定した銀行がある世界中の支店の国名を並べて、良くこれだけ飛び回れたものねと半ば呆れている。

「お前が振り込んでくれたのか」

「おじいちゃんに頼まれてね」

 と上座にあつらえた小さな祭壇に安置された祖父の遺骨に眼をやった。その傍に片瀬が祖母と両親に囲まれて、酒を飲みながら言葉を交わしている。鹿能にはまだそこまでの距離が遠く感じられた。

「お前の隣の人が、その鹿能さんですか。おじいちゃんに飾り付けされた花は立派で引き立ってましたよ」

 と遺骨から眼を戻した兄は、妹にしては良い人に頼んだと褒められた。そう言われても確かに花飾りを造ったのは自分でも花を頼まれたのは白井さんだ。

「この仕事は長いんですか」

「いや、まだ四、五年ぐらいでしょうか」

「それでも立派ですよさっき妹が色んな国名を言った通り一年前までは世界のあっちこっちを放浪してた身ですからその間に修業されていた鹿能さんには頭が上がりませんよ」

 こっちとらは、どう見ても年上の、しかもあの商事会社の役員に名を連ねる人から言われると、どう受け取っていいか判断に迷ってしまう。

 それでも世界中を渡り歩いていたのだから、お兄さんの方も今の商事会社ではそれ相応に役に立っているでしょうと鹿能は持ち上げた。

 これには兄の健司は「それは表向きでそんな話は亡くなった会長しか知らないはずなのに」と話を希未子さんに突っ込んでくる。どうやら修業と言う名目でないと会社の金は流用出来なかったらしい。それで身内の希未子さんが振り込んでいたのか。

「なんかお兄さんの場合は複雑なんですね」

「そりゃあそうでしょう。スネかじりで大学を出て、何年も放浪出来る自己資金なんて一銭も持ち合わせていませんからね。だからこれからこの会社で稼いで返さないとダメなんですよ。兄が放浪出来たのは大学の奨学金制度じゃないけれどまあそれに似たように、おじいちゃんが会社の金を勝手に流用させたのよ、だから後で内の会社に貢献して返しなさいよと云われているみたいなものよ」

 だからこれからたっぷり働いて会社へ返してもらわないとね、と希未子は益々冗談交じりに言った。この兄妹は、何処まで仲が良いのか悪いのか、区別が鹿能には付きそうもない。

 片瀬が両親と祖母が離れたタイミングを希未子は見逃さず、鹿能を連れて上座へ向かった。いざ出陣となるかと鹿能はこの舞台のために、希未子に呼ばれた使命感に、燃えなければならない局面を迎えさせられた。そこで一緒に立ち上がった彼女は鹿能の耳元にまじないをした。

「向こうの片瀬はあなた以上に自分を見失っているから何も気落ちする事わないわよッ」

 と希未子にそう言われても、片瀬の表情には変化が見受けられない。それどころか自信有りそうな貌で近付く鹿能を捉えているように見える。 

「どう海外勤務は慣れましたの」

 と希未子さんが先ず片瀬に声を掛けてから鹿能を今一度紹介した。

「会長の葬儀には間に合わなかったけれど大変綺麗な花で飾っていたただいたそうで、故人からは並々ならぬお世話を頂いている者としては感謝します」

 と片瀬は慇懃に一片の隙も見せぬように挨拶代わりに云った。この返事に窮しているとすかさず希未子さんが「この人の飾り付けはフラワーデザインっと言っても良いぐらいのセンスがある人だから」

 と鹿能の値打ちを高く見せ付ける。これには片瀬も一応は一目置いて感心して見せた。


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