第7話 噂の人

 鹿能は店に戻ると、社長から店の応接セットに座るなり、どやったと訊ねられる。

「向こうの娘さんに花の注文で食事に誘われたそうやなあ」

 どうやら立花社長は事前に白井さんから情報を仕入れていたらしい。それをいつまでも公開しないのに業を煮やして問い詰められた。もちろん注文を取れれば真っ先に社長の耳に入れるがそんな話ではなかった。

 なんでやと言われてもそう謂う話は全くなかった。それどころかあの家の内情を聞かされただけだと言っても聞き入れてもらえない。行ったその日にしかも仕事で会ってそれはないやろうと社長に訊かれても隠しようもない。だが前日、既に偶然にもズル休みで訪れたお寺で遭遇した事実は益々言いにくくなって、また何処まで信用してもらえるかも解らない。そこで社長は白井さんにも同席させて詰め寄られる。

 今から振り返ると、どうも白井さんが帰って来るなり、社長にあの家の様子を細かく説明したらしい。それによると、白井さんが庭師を廃業したのは五年前で、それ以前はもう二十年近くあの家で庭木や敷地沿いの垣根など、一切の手入れを任されていた。それゆえにあの家の内情は希未子きみこさんの生まれた頃から知っているらしい。  

 亡くなられた祖父の波多野総一はたのそういちさんがあの家を買った頃に、あの庭を構成したのが白井さんだ。それ以来の付き合いだから今の社長の総一郎そういちろうさんも、その三人の子供達も大きくなるまで庭の手入れに呼ばれて、家族構成は良く知っている。特に希未子さんは昔から気が強そうな子だった。その弟さんが、今は大学生に成られたが、中学生になられるまではお姉さんの希未子さんから良く泣かされていた。余り酷い時はお兄さんが止めに入るが、そのお兄さんでさえ負かす事さえあった。そんな光景を手入れする植木の上から白井は良く眺めていた。流石に下の弟さんが中学生になると、取っ組み合いの喧嘩は出来なくなるが、今度は口喧嘩ですから、でも根はないようだった。さっきまであんなに言い争っていたのが、二人一緒に縁側に座って仲良く西瓜を食べていたのを時々は想い出す。まあそれが今日会ってみると、あれほど勝ち気な娘さんが、いやにおしとやかになっていましたから、私が暇乞いとまごいをした五年で随分と変わるもんだ。二人の兄弟は昔のままなのに、希未子さんも矢張り女の人だから、それ相応の年頃になると世間体をわきまえたお嬢さんになられた。まあそんな話を今日お邪魔した波多野家で総一郎さんと祖母の君枝さんとで昔話に花を咲かせていた。

 そうかそうかと社長も納得顔になって来る。

「処がそこでお嬢さんは、とんでもないあま邪鬼じゃくで、ほっといたら何をしでかすか解らない娘ですよと笑われました。じゃあ昔のままなんですかと訊くと否定されました。それどころか実にしっかりとした世間体をわきまえて、それこそ何処へお見合いに出しても恥ずかしくないどころか、直ぐにあの器量でしたら縁談がまとまるでしょうけれどと言われました」

 その辺りから鹿能とは食い違うらしい。

「娘はどうも一筋縄ではいかなくて、とてもじゃないが家庭にすんなり収まる娘じゃないんです。それも相手次第ですけれどね、ともお父さんは仰ってました」

 家族の対応に因ってはそんなに違いがあるのなら扱いにくい娘さんなのかと、立花は鹿能に訊いても、答えようがない。

「それは人を見る目が肥えている立花さんでさえコロッといかれますよ」

 と白井が代弁する。

「それはどう謂うこっちゃ」

「あっしは子供の頃のあの男勝りのお嬢さんと、まだその名残が残る高校生までの希未子さんしか知りませんから。今日のおばあちゃんや総一郎さんの話には驚かされました。どうやら大学時代の先輩と片思いをしたらしいですよ。それから淑やかさが急に身に付いたらしい。矢張り恋はするもんですね、あの希未子さんがお嬢さんっぽくなるんですから」

「おい鹿能、今の白井さんの話を聞いてどう思う」

 答えに窮すると、相手のおごりで誘われながら花の追加も取れんとは、難儀なやっちゃあなあーと言われる。

「まあそう言うことになってますけれど」

「なってますやないがなあその希未子さんってどんな人なんや白井さんから聞けば訊くほど解らん女の人やなあ」

「そんなことないですハッキリ分別される人です」

 益々解らん女やさかい、白井さんと次はわしも一緒に行くと言われた。

「あの軽トラでは二人しか乗れませんけど」

「あのハイルーフのワンボック車があるやろうあれ使え」

 しかしこの日ある通夜に添える飾り花の注文はなかった。おそらく極、身近な人たちだけの密葬だから供物や献花を辞退したと思われる。此処は実に難しい処だ。あの人が献花しているのに何でとなるから断ってるんだろう。この線引きは喪主にすれば頭を痛める。

「そんなもんでしょうか」

「世の中はそんなもんだ。それで成り立ってる。そやさかいいずれお前もそれが身に沁みる日が来るやろう」

「そんな世の中なんて御免被りたい」

「それじゃあ茨の道しか残ってないぞ、それでも行くか」

「荒野にしか俺の行く道は無いのか」

「鹿能、もっと世間をよく見ろ損をするのはお前や、それでも良いなら話は別だが」

 人生に於いて何が損得なのか、俺の考えは世間から逸脱いつだつしているかも知れん、いや多分そうだろう。それはまさに荒野にそびえる風車を、巨人に見立てて立ち向かう騎士に等しいのか。そう思えばあながち、希未子さんの指摘は遠からず的を射てるかもしれない。


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