第4話 会長宅

 いろは商事会長の自宅は白井しか知らないから、鹿能は彼の指示で軽トラックを東大路通りから北へ向かって走らせ、途中から更に白川通りに変更して北へ進む。これは昨日、鹿能が乗ったバス路線と同じ道で、結局は曼殊院近くまで来てしまった。

自宅に到着すると既に納棺された会長の遺体は、入り口から三部屋の襖が外された奥の居間にある。棺はそのまま簡素な台に白い布が敷かれた祭壇の前に安置された。付き添った五人の遺族はそのまま会長を囲むように控えていたが、花を飾るのに邪魔になると奥へ引っ込んだ。そこに作成した花飾りを手際良く配置して献花も両脇に飾られてゆく。

 一段落して全体の飾り付けをチェックしている頃に、やって来た喪服の若い女性が鹿能に声を掛けた。いろは商事には何の縁もない、まして初めて訪れた家で、エッと鹿能は驚いて呼ばれた方へ振り向いた。そこに居たのは昨日会った女性だ。昨日はジーンズにジャケット姿だからそれが喪服とはいえ、和服をそれもその着熟きこなしが様になり、しかも肩まで有った髪をきっちとアップにして纏め上げて、良く美容院へ行く時間が有ったなあと思わせる。

「やっぱり鹿能さんねまさかと思ってお声を掛けたけどどうして此処にいるんです」

 そこで「きみこさんー、お花はみんな揃っているかしら」と奥から呼ばれて、彼女がハーイと返事して彼女の名前が判った。  

「きみこさんって言うんですか、今日呼ばれた花屋で、この家の花飾りをしているんです」

「そう、希未子きみこですけど、ずるいでしょう、鹿能さんはなんて言うお名前なの」

「アッ、これは失礼、鹿能光輝でひかりかがやくです」

「ヒカリカガヤク」

「いえ、みつてるです、それで、希未子さん、あなたこそ故人とはどう云う関係の親戚なんですか」

「みつてるさんですか、そうなの、それで光輝みつてるさんの質問の答えですが、亡くなられたのはあたしの祖父です」

 とさも慇懃に答えた。

「ええ! 今日の通夜はハ、タ、ノ家、そう云えば波多野さんですね」

 希未子は吹き出した。

「鹿能さん、あなた、まさか誰の葬式かも知らずにやって来てるんじゃないでしょうね」

 そう云われると身も蓋もない。スッカリ先程まで忘れていた。これで第一印象を悪くしたかと焦っても、既に昨日から見ての通りで、少なくとも悪い印象は無いはずだ。それに今の笑顔から少なからず好印象を持たれたようだ。 

「いろは商事の会長が波多野さんなんですか。じゃああなたはそこのお嬢さん」

「失礼ね、そんな歳に見えますか」

 ちょっと怒って見せたが目は笑っていた。

「そうでしたねぇ。亡くなられた会長のお歳からすると……」

 希未子は今更何を考えるか、と今度は呆れ気味に鹿能を見た。

「まあ、いい加減にもほどがあるでしょう、さっき祖父と言ったでしょう。孫ですッ」

「ああそうでしたね、そう云えば昨日はどことなく品があると思ってました」

「もう遅い、急に取って付けた様に無理しなくてもいいんですよ」

 丁度そこへ奥から出て来たお母さんらしき人が、お花はスッカリ揃ったようね、と彼女が確認すると、流石は白井さんねあの人に任せて置けば安心だわね、と言いながらまた奥に引っ込んだ。枕経は既に早朝から菩提寺の住職に来てもらい挙げてもらっている。

「おじいちゃんはバタバタされるのが嫌いだから飾り付けが終わればそっとしときましょう」

 と此処は人の出入りが多くて目障りだからと、希未子は屋外へ鹿能を案内しょうとした。しかし一段落したとはいえ鹿能には白井さんを残しておけない。それを言うと、あのおじいさんなら奥で家の者に掴まって、昔話に花を咲かせて食事を呼ばれているらしい。

 そこで希未子さんは、奥の人には飾り付けの花について、連れの花屋さんに注文があるから、と了解を取って鹿能を外の食事に連れ出した。希未子さんはどうやら此処ではかなり任されているらしい。

 波多野の家は、白川通りから奥へ入った所にある。そこは車が十分に対面通行が出来る区画整理された整った道路が縦横に通り、そこに百坪を超える家が整然と建ち並んでいる。この風情ふぜいには心に潤うものがあり、それ相当のゆとりが持てそうな気分にさせてくれる。そんな高級住宅街を歩いていても、彼女が普通に見えるのは、既にこの気心が身に付いているのだろう。

 誘われなければどうせお昼はこの辺りで食べるのでしょう、と希未子に言われて白川通りのレストランへ入った。

 いつもは高くても千円以下五百円当たりの定食で済ましている鹿能にすれば、ここは最低でも千五百円それ以下は見つかりそうもない。そんなメニューと睨めっこすれば、彼女はここは安くて美味しわよと、いつもの倍料金はする料理を注文する。これなら白井さんと一緒にあの家で食事を呼ばれていれば、一回分浮いたと後悔しながら鹿能は一番安いのを頼む。

 具の少ないパスタを注文する鹿能を見て、懐具合ふところぐあいの良くないのを察したらしい。

「余りお腹は減ってないのね」

 とそのいたずらっぽい眼差しで、普段の昼食より予算外らしい鹿能を見て「仕事中なのに無理させたようね」と労いの気遣いを見せてくれた。

 仕事の延長で軽蔑な眼差しを浴びせられれば、たまったもんではないが、彼女のこの配慮はうれしい。デートなら惜しまずに見栄を張った物を注文するが、仕事で来ている以上は、毎日の昼食に上限を設けるのは普通で、この場合もそれに準じた対処だが、それでも普段の倍以上は日々の生活に堪える。

  

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