第2話 出逢い2
「あらあたし何か余計な事を言ってしまったかしら」
と少し空いて仕舞った時間を埋めるように、彼女はまたいつもの癖なのか、ちょっと説教じみた事を言ってしまったと笑って誤魔化された。
「いや別にまともな事を言ってもらっただけですから」
「さっきも云ったでしょう。変なところで妥協しちゃあダメでしょう。それに他の事を気にしちゃだめよ、小さく纏まっちゃだめそれこそ世間から流れされますよ」
さっきの誤魔化し笑いの自己反省も何のその。隙を見せるとどんどん突いて来る人だ。
「この庭とぼくへのお節介な干渉とどちらが今日の趣旨なんですか」
と一体この人は何しにこの庭を観賞しに来たのだろう。
「そう言ってしまえば身も蓋もないでしょう。それともあたしのお説教がお気に召しません? あたしと話しているのがお嫌いなんですか、それならそうとおっしゃればいつでも退散しますわよ」
「今更それはないでしょう」
「あなたはどっちなんですかハッキリおっしゃい」
彼女は時々喋り方が姐御調になる、その変化が絶妙で頼もしい。どうやら隣の老夫婦も庭よりこっちの方が面白いのか時々耳を傾けている。
「なかなか粋なお嬢さんですね」
そこへ隣の老夫婦が堪り兼ねたように突然割り込んで来た。それで初めて彼女は女学生のような気恥ずかしい素振りを見せた。その表情に、エッと思わずこの子は幾つなんだと魅せられたが、それは一瞬の虹のように掻き消された。
「急に割り込むなんて失礼な方! それにビックリしたわ」
一瞬受け身になった彼女だがその反撃の素早さに度肝を抜いた。
「いやー、これは驚かせて申し訳ありませんなぁ、私どもはこの近辺で『曼珠沙華』と云う喫茶店をやってる者です」
「マンジュシャゲ、ですか」
「そうですけれど彼岸花とも言いますが」
「ヒガンバナ」
「サンスクリット語で天界に咲く花って言う意味で仏教の経典から来てるそうですよ」
と夫が説明すると、
「まあッ、そんな処から出典されてるの、でしたら淹れ立ての珈琲にも何だか香り高い匂いが漂ってきそうで珈琲店に相応しいお名前ですね」
と彼女はその場を臨機応変にガラッと変えて仕舞う。彼はこれが彼女の天性の素質ならば益々気になる存在になる。隣でスッカリ落ち着いて聞いている老夫婦も案の定に気を良くして割り込んだようだ。人生の大半を二人で乗り切ったこの熟練の老夫婦には、目の前で繰り広げられる男女の危なっかしい成り行きには少なからず高い関心を払っているようだ。
「でも日本では田んぼのあぜ道の地味な場所に咲いていますから実に妖艶に見えても見方に依っては哀しい花なんですのよ。なんせ根に持つ毒を知ると少し身を引いて見るからそれで寂しく映るのかしら」
と言われて対応する彼女の微笑ましい表情とは対照的に、この花は妖艶な美しさを地上には咲かせていても、見えない土の中に秘めてる物で忌み嫌われると、老婦人は寂しそうな表情を湛えた。
「先程から耳に入るものですからこの庭の余興の様に聴いてしまいました。失礼しました私共はバイトの子に店を任せて抜けてきましたのでごゆっくり」
老夫婦は気晴らしにここへ来るらしくそう長居は出来ないように、適当な時間を見計らって暇乞いをするようだ。退席した老夫婦を彼女は暫くその後ろ姿を見送った。
「感じの良い夫婦ですね。人生をあそこまで連れて寄り添えれば羨ましいなぁ」
「そうかしらさっきまで二人揃って黙って聞いていたなんて悪趣味だわ」
彼女の意外な答えに驚いた。しかし根に持っていないのはその顔を見れば分かる。それほど言葉とは裏腹な豊かな表情を駆使されれば、相手は肘鉄を食らわなくても諦めさせられると思えるほどだ。それを言うと彼女は悪趣味なのはあなたの方だったのねと笑った。彼女の意外な言葉に接してもその表情からは悪意がないと直ぐに酌み取れる。此の不思議な魅力は彼女が持って生まれたものかも知れないと想わせる何かを醸し出していた。
「それはないだろう少なくともあの夫婦は時々我々を視野の片端に捉えていたのは気付いていたよ。そこでおそらく話に加わりたい切っ掛けを覗っていたんだと思うよ」
と言いながらも「でも本当は悪趣味だとは思ってないでしょう」と彼女の真意に迫ると。
「アラ解っちゃったノンビリしてる割には鋭いところが有るのねあなたって言う人は」
と言われてしまった。此処まで言われると無性に彼女の名前を知りたくなった。
「それにさっきのあなたの、いや失礼、あのう名前なんて言うんです? 僕は
何でこんなタイミングなのって顔をされたが、ちょっと気を持ち直して、まあ良いかって思えるように微笑むと彼女も合わせて名乗った。
「
「さっきの波多野さんの表情が、いえ仕草が余りにも少女っぽかったので驚きました」
「失礼ね、それじゃあそれまでは、わたしそんなに老けて見えまして!」
物言いは穏やかじゃあないが目許は笑っている。そこがこの人の魅力だろう。
「いや二十代に見えますけど十代って事はないでしょう」
「当たり前ですッ、そんな子供に見られるなんて」
「そんな滅相もない、でも、まさか年上って事はないでしょうね」
「鹿能さん、妙齢の女性に歳を訊くもんじゃありません」
「妙齢ねー」
「何が可笑しいんです、それに何よその物言いは何ですか、あたしが歳を誤魔化してるとでも思ってるの」
「と云うかまだ訊いてませんが」
「あら、そうだったっけ」
としらばっくれてと彼は目を細めたが、とうとう歳は訊けなかった。
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