荒野に轍を求めて
和之
第1話 出逢い
十一月
今年は毎日が秋の長雨で
予定しないで訪れた休日を彼は愉しむ。しかも平日は彼の住むアパートもそうだが、町中で出くわすのは老人と主婦業とおぼしき非生産性の角が立たない人々ばかりだ。だから十分に外見を観察していても特に目くじらを立てる人もいない。この快感に飽きてくると「日曜日は若者で溢れているのに何だこの町は」と逆に淋しすぎると、叫んでみても周囲には彼と同じ若者がいないのに変わりはない。
そこで同じなら今日は神社仏閣を巡ってみるか、山はともかく平地では紅葉にはまだ早い。しかし此処に何の考えもない子供の心理でじっとしていられず、彼は北白川へ行くバスに乗ってしまった。
走り出したバスは爽快に町並みを掻き分けて進み出すと、今まで感じなかった疲労が足からぞっと湧きだしてしまった。此の疲労感に安らぎを与える座席がなんと心地良い。降りるのが辛くなる心地良さだ。しかし終点まで行けば帰りが大変だ。バスが進めば進むほど、疲れが癒やされる心地良さに、反比例するように帰りを考えると精神が病んで来る。早く降りないと思えども矢張り歩くのは嫌だと云う心の叫びに闘いながらも、曼殊院道を知らせる案内音声で別のモードにスイッチが入ってしまった。彼はそこで反射的にバスから飛び降りた。
観光シーズンにはまだ早い、しかも平日の午後に此処で降りたのは彼一人だけだ。降りて曼殊院に向かって歩き始めると次第に道幅は狭くなり、幾つかの角を曲がりきると、ほぼ直線の緩やかな昇り坂が寺院まで続いていた。僅かでも色づき初めている木々の葉を探すがまだ見つけられない。道は盛り土の上に石垣と白い土塀で出来た壁に突き当たる。そこには柵がされた勅使門が在り、白い土塀に沿って左へ曲がり次の角を曲がると直ぐに見えた石段を登った先に通用門があった。
そこで受付を済ませて暗い部屋である庫裡を抜けると、虎の間、竹の間、孔雀の間と続き、渡り廊下の向こうが大書院になっている。大書院に面して枯山水の庭が奥の小書院まで続いている。その大書院の前には上に伸びずに横に伸びた松は、這う
女性はジャケットにジーンズ姿だが、その険のありそうな眼差しを庭の臥龍に投げかけている。それでも彼はその中間、どちらかと云うと若い女性の傍へ腰を下ろした。着座したのが一つの合図のように、若い女性は庭から彼の方へ眼を寄せた。彼は観賞の邪魔をしたかと思い、咄嗟に「これって臥龍の松って言うんですね」と訊かれもしないのに勝手に説明した。松は中国の龍舞のように横に伸び、太い幹の所々には、丁度龍舞の持ち手のように、丁字形の突っ支い棒が立っている。
じっくりと見比べた彼女は「なるほどあなたの言う通りね」と一瞬にして彼女の険の有る顔は崩れ愁眉を解いて彼を見る。
彼女は切れ長の目が弓形になるとその笑った瞳で佇むその
「どうやったら松の木をこんな形に寝かせて成長させるんでしょうね?」
と彼女がちょっと
「四角い竹の場合は竹の子の段階で四角い枠にはめて成長させるから、この松も苗木の段階から当て木をして曲げさせたんじゃないかなぁ?」
「あらそうなの物知りねぇ」
本当にそうなのかしらと言う意地悪そうな目つきに彼は慌てた。
「これは確たるものではなくあくまでも自分の推論を言ったまでですから事実と異なるかも知れませんから……」
「謙虚な方なんですのね、生き方としては立派ですけれど、でもそれって保身的でよくないわよ。ご自分の主張にはもっと自信を持たないと世間から負かされますよ」
大きなお世話だと思う反面、この女は何者だ。ほんのついさっき言葉を交わしただけなのに、もうずっと以前からの知り合いのような、言い換えれば馴れ馴れしい態度はなんだろう。
先程から彼女はこの庭に想いを集中させていたのに、彼の一声でこんなにも距離を縮めてくれた。そしてふと見せるこの愛くるしい表情はなんなのだろう。だがそれを考えさせないほど彼女の弾むテンポの話術に引き摺られてしまった。
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