過保護お姉さんの戦い ~vs.瑠璃篇 18~
その人の顔が脳裏に浮かんだ瞬間、ボクはほとんど無意識にポケットを探っていた。
なんとかなる……かも。
可能性はものすごく低いが、まったくゼロというわけじゃない。
ポケットからスマホを取り出して起動させ、発信動作を行う。
ところが、そんなボクのしぐさを目にした矢作妹が弾かれたようにベンチから立ち上がった。
ボクは慌てて腕を伸ばし、逃げようとする矢作妹の首根っこをつかむ。まるで子猫を咥えた親猫をさらにつかまえてるみたいになっていた。
「やだ、放してー! 帰らないって言ったでしょー!!!」
「なに勘違いしてんだ! 別に無理に連れて帰るつもりはないぞ!」
「嘘だあ! じゃあ誰に電話してんのよ!?」
二回のコール音のあと、呼び出した相手がスマホに応答した。
『も、もしもし! 矢作だけど!』
「あー、もしもし。妹は見つけた。今一緒にいるから心配するな」
「お兄ちゃーん助けてえぇぇー! 瑠璃の純潔が汚されちゃうぅぅぅーーー!!!」
なるべく簡潔に用件をすませようとするボクを、矢作妹がひどい捏造で邪魔する。
「おい、お前やめろマジで! ていうかお願いだからやめて下さい! 本当に警察とか来ちゃうでしょ!?」
「うるさいバカ! エッチ、ヘンターイ!!!」
ボクの右手につかまれたまま、矢作妹が束縛から逃れようとジタバタと暴れる。かたや左手のスマホからは矢作兄のオタオタした声が漏れ聞こえてきた。
『な、なあ三前くん。キミのこと疑うわけじゃないんだよ? 疑うわけじゃないんだけど、瑠璃にいったい何してるの?』
「お前までいい加減にしろ!」
このバカ兄妹が! 本当にこのまま妹おっぽり出して帰ったろか!?
「そんなことよりお前、今どこにいる?」
暴れる矢作妹を右腕一本で抑えながら、なんとか会話を継続する。
『家に戻ってる。キミにそうしろって言われたし』
「よし。お母さんは家にいるか?」
『ああ。いるけど?』
次の瞬間、右手に感じていた手応えが突然消えた。
慌てて注意を向けると、矢作妹がボクの手にダウンジャケットだけを残して脱兎のごとく駆けていくところだった。
あんにゃろう、脱皮しやがった!
矢作兄との会話を一時中断し、全力疾走で後を追う。隠れる場所もない川原で、相手はサンダル履きの女の子。手の届く距離まではすぐに追いついたが、その後の対応に困った。
見るからに頼りなさそうなスウェットの布地。こんなものを力いっぱいつかんだりしたら……。
ええいままよ、と右手を伸ばし、矢作妹の腰に腕を廻して捕獲した。
「ええええぇ!!!? お兄さん、ちょっとなに!? まさかホントにいぃぃぃぃ!!!?」
「黙れアホ!!!」
意外なことに、本当に黙った。
ガッチリ腰をホールドされてはさすがに逃げられないと観念したのか、抱き寄せた矢作妹の抵抗がピタリと止まる。
「も、も……もしもし?」
スマホを握り直して耳にあてがうが、もう息が乱れてろくに喋れやしない。
こんな夜中に、こんな場所でいったいボクはなにをやってるんだろう……。
『もしもし三前くん、大丈夫か!? いったいなにがあったんだ!?』
「なにがあったかいつか話してやる。そんで損害賠償請求してやる!」
神様。悪態の一つくらいついたって、バチ当たりませんよね? ねえ、当たりませんよね?
「……と、とにかく、お母さんがそこにいるなら確認してくれ」
『なにを?』
「あの子猫を飼えない理由だ。飼えないのは、あのアパートがペット禁止だからか? もしペットの飼育が許されてる場所なら、矢作家で猫を飼うこと自体はOKなのか?」
『ああ、そのことなら……。いや……』
なにか言いかけた矢作兄が、思い直したように一瞬口をつぐむ。
『……やっぱり念のため確認する』
そう言い残して、矢作兄が電話口から離れる気配が伝わってきた。
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