過保護お姉さんの戦い ~vs.瑠璃篇 17~

「お父さんとお母さんはなんて言ってるんだ?」

「うち……お父さん…………いない」

「ああ。……すまん」

 しゃくり上げながら途切れ途切れに差し出された答えに思わず謝罪する。

 矢作妹は黙ってただ首を横に振るだけだ。

「お母さんは『今住んでるアパートがペット禁止なんだから仕方ない。諦めなさい』って……」

「これ以上ないほどまっとうな意見だな……」

「分かってるけど!」

 矢作妹がまるでボクの言葉の続きを振り払おうとするように声を張り上げた。

 まあ、そうなんだろう。お母さんの意見がまっとうで、逆らいようがないほどに正しいことなど、こいつ自身もイヤというほど分かっているのに違いない。

 けれど、邪魔をする。

 抱いた子猫のかすかなぬくもりや、フワリと肌を撫でる柔らかい毛の感触がまっとうな正論とやらに順ずる邪魔をするのだ。

 今の矢作妹にとって、胸に抱いた子猫の確かな存在感に比べれば、大人の振りかざす正論など曖昧模糊あいまいもことした実体なき亡霊のようなものだろう。

「で、お前はどうしたい?」

 ボクの問いかけにも、矢作妹は顔を上げることすらしなかった。それはきっと、自分の願望を口にすることなど、現実の前では抵抗とすら呼べないはかない行為と感じているからだ。けれど進んで行こうとするのなら、ここでないどこかへ行こうとするのなら、自分の願望を言葉にすることはきっと必要だ。たとえそれが百パーセントの形で実現しないとしても。

「まあ現実的なのはそいつをボクに預けることだな」

 矢作妹が顔を上げ、きっ、とボクを睨みすえた。

「事情を話せば、ボクの従姉いとこなら協力してくれる。それは間違いない。それで数日時間を稼いで、その間に貰い手を見つければいい。ていうか、それしかない」

「やだ……」

 まるでボクに子猫を奪い取られまいとするみたいに、矢作妹が胸もとを覆い隠す。

 やめろ。ボクがお前を襲おうとしてるみたいだろが。

「だけど、他に手はないぞ」

 残酷と知りつつ現実をつきつけた。

 そう、手はない。ボクら中高生ではどうにもならない要素など、この世界にゴロゴロしている。

 中国の海洋進出だの何だのといった壮大な話を持ってくるまでもない。日々の生活を左右する身近なところにだって、ボクらの裁量の及ばないことなどいくらもあるのだ。住宅環境など、その最たるものだろう。

 自分が今住んでいるアパートがペットの飼育を禁じている。

 実に単純で、根本的な問題だ。あまりにシンプル過ぎて、いっそアクビが出るってくらいなものだ。

 けれど子供がそれに逆らうすべはない。大人がその環境で生活すると決めれば、子供は諾々だくだくと従うしかないのだ。

 ボクにしてからが、今ここでこうしていることが奇跡に近い。

 そのことに思い至って、ボクは思わず夜空を仰いだ。

 一つ間違えば、ボクは今ごろ岐阜にいただろう。冗談半分みたいな父さんの転職によって。そうならずに済んだのは、ひとえにヒロ姉がいてくれたからに他ならない。

 そう。ボクにはヒロ姉がいてくれたから……。


 …………うん? ヒロ姉?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る