過保護お姉さんの戦い ~vs.瑠璃篇 16~

 四月中旬。

 春の声を聞いたとはいえ、日没後の風はまだ冷たい。

 川沿いの土手の上をなぞる道を自転車で走るボクにその冷たい風が容赦なく吹きつけてきていた。

 まばらな街灯がとぎれとぎれに照らし出す道はいつ果てるともなく続いて、頬をヒリつかせる風とともにボクをどことなく不安な気持ちにさせる。けれどもっと不安なのはこの寒々しい夜のとばりの中、中学生の女の子が今この瞬間もたった一人でいるという事実だった。

 後先考えずに家を飛び出した矢作妹に腹が立ったし、不甲斐なくも妹を見失ったアニキのほうにも腹が立った。けれどなんとも不本意なことに、ふと気づけば自分自身にも腹を立てているボクがいる。

 同罪だ。

 何が起こるか予想していながら放置した。よその家のことだからと放置した。矢作妹とあの子猫に関わる秘密を、そもそもの最初から知っていたただ一人の人間だったのに、だ。

 これでもし矢作妹が事故や事件に巻き込まれるようなことになったりしたら……。

 罪悪感というネバついた感情をエネルギーに変換して、ボクはひたすらに重いペダルをこぎ続ける。そしていつしか火照った身体からだがうっすらと汗ばみはじめたころ、矢作妹が子猫を拾ったあの空き地のところまでたどり着いていた。

 あたり一面を閉ざす闇の中、省電力機能もついていない古い自販機の黄ばんだ明かりがぼんやりと空き地の一角を照らしている。自販機の隣にしつらえられたベンチには、かろうじて人のシルエットが一つだけ見てとれた。

 ボクは玄関先で自転車の鍵といっしょにひっつかんだLEDのペンライトを点灯させ、土手にできたケモノ道をゆっくりとたどった。

 ていうかあいつ、こんな暗い中をライトなしであそこまで下りたのか? それこそ猫並みの夜目だな。

 つまづいたり滑ったり、四苦八苦しながら空き地までたどり着くと、ようやくベンチのシルエットが矢作妹のものだと確認できた。

「よう」

 そう声をかけながらベンチの前に回り込んでギョッとした。

 薄いピンク色のスウェット上下にサンダルをつっかけただけの軽装。普段はポニテに結ばれた髪も、いかにも無造作に肩に垂れ下がるままになっている。

 考えてみれば当たり前だ。おそらく家でくつろいでいた状況から、突発的ないさかいで飛び出してきたのだろうから。

 ていうかお兄ちゃん、サンダル履きで子猫を抱えた妹に振り切られるとか、それサッカー部員としてどうなのよ。マンマーク甘過ぎなんじゃないの?

「……帰らないから」

 小刻みに身体からだを震わせながら、矢作妹がそれだけをポツリと呟く。スウェットの襟もとからは、例の子猫がチョコンと呑気に顔だけを出していた。

「まだなんにも言ってないだろが」

 脱いだダウンジャケットを矢作妹の肩に着せかけながら呟きを返す。

「じゃあどうしてここに来たの?」

「お前にひとこと言っておかなきゃと思ってな」

 そのボクの言葉に、矢作妹の目がにわかに警戒の色を帯びた。

「言っておくことって、なによ?」

「あ〜っと。……帰ろうぜ?」

「お兄さん、バカでしょ!?」

 人っ子一人いない夜の川原に、矢作妹の声が響き渡った。

 それにしても、わざわざ迎えてにきてくれた人間に向かって「バカ」ってひどくない? ねえ、ひどくない?

「だって寒いじゃないかよ、ここ」

「だからって帰れるわけないじゃない。帰ったら、この子が保健所に連れてかれちゃう」

 そう言って胸もとの子猫をキュッと抱きしめる矢作妹。その目から、突然堰をきったように大粒の涙がポロポロと溢れだした。かたや抱かれた子猫のほうは、人間たちの深刻そうな様子などそ知らぬていでみゃあ、と平和な鳴き声をあげる。

 ほんと、子供と動物の組み合わせって反則だよなあ。

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