過保護お姉さんの戦い ~vs.瑠璃篇 15~
まあ、いつかはそんなことになるんだろうと予想はしていた。
浅はかな女子中学生が考えるほど現実は甘くないのだ。
いくら小さいといっても生き物は生き物。鳴きもすれば走り回ったりもするだろう。アパートの部屋という限られた空間の中では、いずれ親がその気配に気づくのは当たり前だ。
壁越しに伝わってきた様子からすると、おそらく隠されていた子猫の処遇を巡って矢作家で
「ハルくん、放っておいていいの?」
ヒロ姉が気遣わしげな顔でそう口にする。
ボクが女の子と関わることを極端に嫌う人だが、一方で中学生が夜に家を飛び出したという事態の深刻さをちゃんと理解しているのだ。
自分の
「大丈夫だと思うよ。アニキがちゃんと追いかけて行ったみたいだし」
「……そっか。それもそうね」
安心したように顔を
「でもそんな優しいお兄ちゃんがいるなら、ハルくんにまでちょっかい出すことないのに……」
「別にちょっかいは出されてないけど?」
まあ、いいように利用されたのは確かなような気はするが、ちょっかい出されたわけではないと思う。もっと言えば過去十五年、女の子にちょっかい出されたことはないと思う。すごく悲しいと思う。
「出してるじゃない! ハルくんとラブラブで自転車に二人乗りしたり、手作りクッキーで気を引こうとしたりぃ!」
足をバタバタさせながら、ヒロ姉がさも悔しそうにソファーの上を転げ回る。
ああ、そうね。ヒロ姉からすれば、そう見えちゃうわけね。
それにしても、ヒロ姉が子供みたいにダダこねるとか、なんかちょっと捗る。
幼児退行したヒロ姉という貴重なシーンを堪能しているところに、突然ボクの尻ポケットからピンピロポローン、と電子音が鳴り響いた。
ポケットからスマホを取り出して確認すると、ラインの通話着信だった。発信元は……矢作兄?
嫌な予感に、慌てて応答操作をする。
「もしもし?」
『も、もしもし。三前くん?』
まるで咳き込むような矢作兄の声。焦りに満ち満ちて、まったく余裕がない。
『まずいんだ。瑠璃が家を飛び出して……!』
「ああ、そんな感じだったな。隣からでもよく聞こえたぞ」
『気づいてたか……。急いで後を追いかけたんだけど、見失った』
……なん……だと?
「はあぁ!? 何やってんの、オマエ!」
自分でもビックリするほどデッカイ声が出た。ヒロ姉もソファーの上で目を丸くするほどに。
『あ……、えっと。な、なんかごめん?』
矢作兄もボクの剣幕に面食らったのか、へんな具合に謝罪をしてくる。そしてまるで言い訳みたいな口調で事情説明を続けた。
『例の子猫のことがバレたんだ。母さんが“保健所に預ける”って言ったら、瑠璃が子猫をつれてそのまま……』
「どこで見失った?」
『
ある。
ていうか、ありまくる。
矢作妹の行き先は、きっとアニキが向かったのとはまったく逆の方向だ。
「一ヶ所だけ、な……」
ボクは自分の部屋に入り、壁のフックにかかったハンガーからダウンジャケットをひっぺがす。
「お前は一度家に戻れ。妹を見つけたら連絡するから、スマホを手離すなよ」
『あ、うん……』
戸惑ったような矢作兄の声が、なぜか次の一言の時には安堵したような色を帯びていた。
『……三前くん。ありがとう』
「うっせ。役立たず」
スマホに向かって溜息まじりの悪態をついてから通話を切り、ヒロ姉へと向き直る。
「ヒロ姉。ちょっと出かけてくるね」
「うん。気をつけて」
けれどドアノブに手をかけた瞬間、震える声がボクの背中を追いかけてきた。
「ねえハルくん……」
その声の調子に、思わず
ソファーの上にチョコンと座るヒロ姉がひどく寂しげに見えて、この部屋を出て行くことに一瞬ひどい罪悪感を覚えた。
「……もしいなくなったのがおねえちゃんでも、そうやって探しに行ってくれる?」
「当たり前でしょ? もしヒロ姉がいなくなったりしたら、きっとボク頭がおかしくなると思うよ」
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