過保護お姉さんの戦い ~vs.瑠璃篇 14~

 それから数日。

 あれ以来矢作妹の顔は見かけていない。

 もともと学校も生活リズムも違うのだ。どちらかといえば最初の邂逅かいこうのほうがイレギュラーというべきだろう。

 もし「お兄さん、地球外生命体見つけたからあげるよ!」とかいってやってこられても、それはそれでやっぱり困る。二重に困る。

 アニキのほうは学校の廊下で一、二度すれ違ったが、互いに軽く手をあげて挨拶するくらいで特に話し込むようなこともなかった。

 こいつもこいつで、余計なこと言って妹を差し向けてくるとかやめて欲しいんだよな。おかげでこっちはヒロ姉からいらぬ詮索をされたんだぞ。

 とはいえ、一番手を焼くのは他ならぬそのヒロ姉。あの日からことあるごとに「自分も自転車の後ろに乗せろ」と執拗に要求してくるのだ。いわく、拒否するなら下校時間に校門で待ち伏せて無理矢理乗ってやる、と。

 昨日ついに根負けして、次の土曜日に二人で公園までサイクリングに行くという約束をさせられた。お巡りさんに見つからないよう、裏道を選んで走らなきゃ……。




 そんなとある日の夕食後。

 ボクはアライグマよろしく、キッチンで食器や鍋を洗っている真っ最中だった。

 我が家では、炊事以外の家事は一日交代で担当する決まりになっている。この家事の当番制、食後の後片付けや掃除はまったく問題ないのだが、一つ困るのが洗濯だ。ヒロ姉の下着とか、いまだに触るどころか見ることすら罪悪感にさいなまれるんだよな。

 そのヒロ姉はといえば、リビングのソファーでファッション誌をパラパラとめくっている。テレビからはクイズバラエティー番組の音声が流れているが、特に注意は払っていないみたいだ。

「ヒロ姉、紅茶かコーヒーでも飲む?」

 食器洗いを片付けてヒロ姉に声をかけると、まるで幼稚園の年少さんみたいな元気よい返事が返ってきた。

「はいはーい! ハルくんが淹れてくれるならどっちでもいいです!」

「じゃあ、この前はコーヒーだったから今日は紅茶でい……」

 ボクのその言葉の途中で、ヒロ姉が突然後ろの壁のほうを振り返った。しばらくその姿勢のまま固まっていたが、やがて不思議そうに首を捻る。

「ヒロ姉、どうかした?」

「ううん。ちょっと……」

 ボクの問いかけに言葉を濁しながら、ヒロ姉がテーブル上のテレビのリモコンに手を伸ばした。消音ボタンを押したらしく、バラエティー司会者や会場の観客の笑い声がプツッととだえる。

 そのとたん。


 ドンッ……。


 音、というよりは振動だった。

 しかも発生源はこの部屋じゃない。ボクもヒロ姉も身動き一つしていない上に、音は明らかにヒロ姉の背後の壁の向こうから聞こえる。


 ドタタッ……。


 まただ。

 まるで誰かが何かにぶつかったり、走り回ったりするような音。

「矢作のとこだね」

「そうね。兄妹きょうだいでプロレスごっこでもしてるのかしら?」

 ポツリと呟いたボクに、ヒロ姉がちょっと的外れな答えを返してきた。

「私たちもする?」

「………………しない」

 一瞬誘惑に負けそうになるほどに魅惑的な提案だったが、やめた。

 もしやったら、自分の中の獣を抑える自信がない。きっとそのまま「夜のプロレスごっこ」に突入しちゃう。


 ……バタンッ!

 ‐おい、まて瑠璃!‐


 覚醒しかけた自分の中の獣と格闘しているところに、玄関のドアを開け放つ音と矢作兄の声が立て続けに耳に入ってくる。

 続いて、バタバタと外階段を駆け下りていく二組の足音。

 音声だけで、だいたいの事情がのみ込めた。

「ハルくん……」

 スラリと長い脚を組んだヒロ姉が、ため息まじりに囁く。

「キミたちの秘密、どうやら秘密じゃなくなっちゃったみたいね」

 さすがだ、ヒロ姉。

 頭脳と容姿だけじゃなく、勘までも一級品とは。

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