過保護お姉さんの戦い ~vs.瑠璃篇 11~

 や、矢作だ。

 しかも妹のほうだ……。

 いったいなんの用だろう。

 ていうか、いったいなんのトラブルを持ち込んできたんだろう。

「ハルくん、どうしたの? どなたがみえたの?」

 ボクの逡巡の気配をいぶかしんだヒロ姉がキッチンから声をかけてくる。

「あ……。えっと、お隣さん」

「お隣さん?」

 まずい。グズグズしてると、かえっていらぬ疑惑を招きかねない。

 慌てたボクは急ぎ足で玄関に向かい、扉のサムターンを回した。

 そっと扉を開くと、白い膝丈のスカートにパステルオレンジのパーカを羽織った矢作妹が、なぜかものすごく不機嫌そうな顔をして立っていた。手には何やら紙製の手提げをぶら下げている。

「こ、こんばんは」

 顔だけでなく、声まで不機嫌そうだった。

 やめろよ。そんな何度も足を運ばされた債権回収屋みたいな雰囲気でうちの前に立つのは。ご近所からあらぬ疑いをかけられるでしょうが。

「どした。なんかあった?」

 この訪問の理由について真っ先に頭に浮かんだのは、あの子猫に関わるトラブルじゃないかという可能性だった。親に子猫のことがバレた矢作妹が、進退きわまって泣きつきにきたんだろうか。

「これ……」

 仏頂面でうつむいたまま、矢作妹が手にした手提げをボクに突きつける。

「なにこれ。まさか地球外生命体? 地球外生命体なのか?」

「本当に地球外生命体見つけたら、真っ先にお兄さんのところに持ってきてあげるよ」

 矢作妹が宇宙一のバカ発見、みたいな目をこちらに向けてきた。

「そうじゃなくて、昨日のお礼。うちのお兄ちゃんが『迷惑かけたんだから、なんか持ってけ』ってうるさいから……」

 視線をらしながらゴニョゴニョと口ごもる矢作妹。「決して自分の意志じゃない」アピールが露骨だが、そこは「べ、別にあんたのためとかじゃないんだからね! お兄ちゃんに言われたからしょうがなくなんだからね!」くらいやって欲しいところだ。

 差し出された手提げを恐る恐る受け取ると、袋の口からフワリとバターの香りが漂う。

「お母さんに教わりながら作ったから、一応は食べられる……はず」

 なんとも自信なさげだ。

 そもそも「はず」っていうのがもうおかしい。何を作ったのか知らないが、せめて自分で味見くらいはしてから持ってくるべきだと思うんだよね。

 そのあたりを問い正そうと矢作妹に目を戻すと、なぜかその目線がボクではなく、脇を通り過ぎて背後へと向かっているのに気づいた。

 コイツ、なにをよそ様の部屋をジロジロ覗き込んでんだ? と思っていたら、矢作妹が戸惑ったような顔をしながら部屋の奥へ向かってペコリと頭を下げた。

 

 あ……、これってまさか。


 不吉な予感を感じて、首をそっと後ろに巡らせる。

 予感……的中。

 キッチンフロアから顔だけをのぞかせてこちらをうかがっていたヒロ姉と、しっかりバッチリ目が合ってしまった。

 その細められた目から放たれる眼光がグサグサと自分に突き刺さるのを感じる。

 ……ああ、いかん。

 ここしばらく平穏だった食卓に、明日からまた暗雲が立ち込める気配がする。

「ね、ねえお兄さん。私、なんかあのお姉さんにスゴい睨まれてるんだけど……」

 その矢作妹の怯えたような声を耳にして、ボクは咄嗟とっさに二人の視線の間に割って入った。

「き、気のせいだ。目を合わせるな」

「え、なに?」

「いいから! それより……」

 矢作妹とヒロ姉のデンジャラスなコンタクトを回避するため、ボクは必死に話題をらしにかかった。

「……例のアレ、大丈夫なのか?」

 その言葉を聞いた矢作妹の唇がニヤッと歪む。幸いなことに、ヒロ姉のことはあっさり頭から抜け落ちてくれたらしい。

「そのことならまったく心配無用さ、アーニー。警察のヤツら、気づいてすらいないよ」

「アホ。誰がアーニーだ」

 この緊張感のない女子中学生の頭を、思わず軽くコツンと小突いた。

「本当に気をつけろよな。あれがバレたらひと騒動だぞ」

「いったいなー、大丈夫だってば。お兄さん、そんな心配性だとハゲるよ」

 べーっと舌を出して見せながら憎まれ口を叩く矢作妹を、ボクはくるりと百八十度回頭させた。そして背中をそっと押して玄関から送り出す。

「分かった分かった、もう帰れ。もしハゲたら、ズラ代の請求書はオマエに回しとく。……あと、地球外生命体ありがとうな」

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