過保護お姉さんの戦い ~vs.瑠璃篇 8~

「あー、ニャンコだぁー!!!」

 矢作妹があげた歓声のあまりのボリュームに、茂みから這い出してきた子猫がビクッと身をすくめた。

 アホか。怖がらせてどうすんだ。

 怯えてそのまま茂みに逃げ込むものとばかり思ったが、予想に反して子猫はその場を動かなかった。

 矢作妹はその場にしゃがみ込むと、子猫に向かってチチチ、と舌を鳴らしてみせる。

 まさかな、となかば投げやりな気持ちでそれを見ていたボクだったが、意外なことにその子猫、オドオドした様子ながらも少しづつ、そしてゆっくりと矢作妹のほうへと近づいていく。

 おいおい、マジか。

 動物には人間の本性を見抜く力が備わっているとよく言うが、どうやらこの子猫にはその能力が欠落しているらしい。かわいそうに。

 矢作妹は柔らかい笑みを浮かべながら、子猫が手の届く距離まで近づくのを辛抱強く我慢していた。

「よーしよし。いい子ね」

 とうとう膝もとまで寄ってきた小さな生き物を、矢作妹がいたわるようにそっと抱き上げた。

 子猫のほうも、特に抵抗するでもなくされるがままだ。

「おい、大丈夫か。それ本当に猫か? 地球外生命体じゃないのか?」

「まーだ言ってる。そういうの、二回言ったら面白くないよ」

 矢作妹が地球一のバカ発見、みたいな目をこちらに向けてきた。

「オマエを楽しませるために言ってるわけじゃない。地球の安全を憂慮ゆうりょしてのことだぞ。そいつが水に濡れて増殖したり、午前零時以降に物を食べたら変身したりするような生き物だったらどうするんだ」

「もしそうだったら、とっくに日光で死んじゃってるよ!!!」

 ああ、そっか。そういえばそうだったね。

 ……なに、その一分の隙もない反論。これ以上なにも言えないんだけど。

「かーわいい……!」

 矢作妹がまっ平らな胸の辺りで子猫をそっと抱きしめた。

 ご愁傷様、かわいそうな子猫ちゃん。クッションがぜんぜん効いてないだろ?

 反論をあきらめたボクは、矢作妹に抱かれた子猫をあらためて観察する。

 小さい。とにかく小さい。

 生まれてまだ一月ひとつきかそこらじゃないだろうか。

 こんな小さな子猫が、たった一匹でこんな所をうろついたりするものか?

 ボクはベンチから立ち上がり、グルリと周囲を見渡した。だがコイツの母猫や兄弟とおぼしき姿はまったく見当たらない。

「この子、お母さんたちとはぐれちゃったのかな」

 まるでボクの思考を読んだかのようなその言葉に思わずはっとした。

「ひょっとしたら、そうかもな」

 あるいは、母親が交通事故にでもったか、だ。

 一瞬そんな可能性が頭をぎったが、指先で子猫の頭をクリクリとなでる矢作妹を見ていたらとてもそうは口にできなかった。

「この子、一人で大丈夫かな……」

 きっと大丈夫じゃない。

 他の野良猫、カラス、車。小さな子猫にとって脅威になりうるものはいくらでもある。

 どう楽観的に考えても、この子猫が一匹だけで生きていくのはほぼ不可能だ。

 やれやれ。保健所に電話なんて冗談を言っていたら、どうやら本当にそうしなければならない羽目に陥ったらしい。

「よーし!」

 突然、矢作妹が気合い十分の声を張り上げた。

「持って帰る!」

「は? なに言ってんのオマエ」

「この子、お持ち帰りする!」

「て、店内でお召し上がり下さい……」

「食べるわけないでしょ、バカ!」

 バカはオマエだ。

 ボクたちが住んでるアパート、ペット禁止だろうが。

「大丈夫。こんな小さな子一匹くらい、大きくなるまでなんとかこっそり面倒見れるよ」

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