過保護お姉さんの戦い ~vs.瑠璃篇 7~

「うおー。すっごーい!」

 矢作妹が子犬みたいに空き地を駆け回りながら歓声をあげる。

 たかが空き地ごときでこんなにテンション上がるとは。ほとんど自然の中で遊んだことのない現代っ子の反動だな。

「おーい。早く帰ろうぜー」

 うんざりしながらそう声をかけるが、子犬の疾走は止まらない。

「いいじゃん、ちょっとくらいー!」

 まったくもう。

 これだったらわざわざ鍵を借りに行かなくても、アニキの部活が終わるまでここで遊ばせときゃよかったんじゃないかな。

 しかたなく矢作妹が走り疲れるまで待つことにして、空き地の端に置かれたプラスチック製のベンチに腰掛ける。昔よく駄菓子屋の前に置かれてた、◯◯牛乳とか書かれてそうなアレだ。

 ベンチの隣には、砂埃すなぼこりでうっすら汚れた古い自販機が一台。動いてんのかこれといぶかしむが、真夏の蜂の巣みたいなブーンという音から判断するにどうやら現役続行中らしい。ていうか、こんな川っぺりの空き地にまで自販機とか、日本すげえ。

 何気なくポケットを探ると、数枚のコインがチャリッと音をたてた。

 ボクは立ち上がり、まず自分用に微糖のコーヒーを購入する。続けて百円玉を二枚投入すると、いまだ空き地を疾走中のノーテンキ中学生に「おーい」と呼びかけた。

 立ち止まった矢作妹はスイッチがすべて点灯した自販機を目にすると、数量限定の福袋に群がるデパート客みたいな勢いでこちらに駆け寄ってくる。

「おお、お兄さん。オゴリとか超カッコいい。スゴい。ステキー!」

 そらぞらしく騒ぎながらあったか〜い紅茶のスイッチを押す矢作妹に、ちょっと皮肉の一つも言ってやりたくなった。

「ったく。さっきはブサイクだのなんだのとこき下ろしたくせに……」

 返却口からお釣りを取り出しながらチクリと嫌味をお見舞いする。

「えー。そんなこと言ってないよ?」

 てっきりすっとぼけてるのかと思ったが、どこからどう見ても真顔そのものだった。

「言っただろうが。若年性アルツハイマーかオマエは」

「言ってないってば! お兄さんこそ、過去にこだわってばっかりいると余計モテないんだからね。自分でも女とカネには縁がないって言ってたじゃん」

「そこんとこは覚えてんだな……」

 缶のプルタブを起こしてベンチに戻ると、矢作妹もやってきて隣に腰を下ろした。

 土日、休日には犬を連れた人のほか、ラジコンヘリやドローンを飛ばしている人たちなども見かける場所だが、今はボクら二人の他には誰もいない。隣の何かと騒々しい中学生が黙ってさえいてくれれば、のどかと言ってもいいような雰囲気だ。

 川原を吹きわたるそよ風に目を細め、ちびりちびりと缶コーヒーをすするこんな時間も悪くはないなと、ちょっとそんなことを考えた。

 同じくこの時間を楽しんでいるのか、それとも走り疲れただけなのか、隣に座る矢作妹も静かに紅茶のペットボトルに口をつけている。

 静かだ。

 時おり風が周囲の草むらをサワサワとそよがせる音以外にはなにも聞こえない。

 しばらくそんな音に耳を傾けていると、ふとあることに気がついた。

「お兄さん、聞こえる?」

 矢作妹も同じことに気づいたみたいだ。

 ボクは返事代わりに、人差し指を唇の前で立てて見せた。


 カサ……。

 カササッ……。


 やっぱりだ。

 風とは違うリズムで、草むらがかすかに揺らぐ音がする。

 矢作妹が音をたてないよう、そっと立ち上がって周囲をうかがった。

「……あそこ」

 囁くような声に、ボクは彼女の指が示すほうへと目を向ける。

 まるでそれを待っていたみたいに、草むらから白と茶色の小さな毛玉が這い出してきた。

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