過保護お姉さんの戦い ~vs.瑠璃篇 3~

 なんだろう、これ。

 ついさっき通った道をなぜか逆戻りしている。自転車のたてるギコギコというサビついた音がいつもよりひどい。

 ……後ろに余計な荷物をせているせいだな。

「行けー、お兄さん! ゴーゴー!」

 おまけにこの荷物、やたらとうるさい。あと、見た目のわりにけっこう重い。

 ただ一つ、ちょっとだけいいことがあるとすれば、女の子との二人乗りで腰に腕を回されるという、人生初の体験をしていることくらいか。

「なあ!」

 風を切る音に張り合って、大声で後ろの荷物に話しかける。

「なあに、お兄さん」

「これ、立派な道交法違反なんだが」

「大丈夫だよ。お巡りさんだって、私みたいなカワイイ女の子を捕まえたりしないよ」

「捕まるのは運転してるボクだけどな」

「だったらなおさら安心じゃん」

「おまえ、安心って言葉の使い方を間違えてるぞ……」

 このガキンチョめ。蛇行して振り落としたろか。

「間違ってないってば! あと『おまえ』っていうのやめて。私、瑠璃るりっていうんだから!」

「ふーん」

 そんな情報、もらったってこっちが困る。それを知ったボクにいったいどうしろと言うんだ。

「なに。それはボクにそう呼べってこと?」

 腰に回った彼女の腕がビクッと震えた。

「あ……。や、それはちょっとビミョーかな」

「だろ? だったらやっぱり『おまえ』でいいな」

「えー! それもやだ!!!」

「注文多いな」

「多くないよ。二つだけじゃん!」

「三つだろ。自転車で学校まで連れてけ、から始まって」

 そんな不毛なやり取りをしている間に自転車は最後の角を曲がり、学校のグラウンドに面した南門前にたどり着いていた。

 まったく。本当なら今ごろは、家でくつろぎながらアニメを鑑賞しているはずだったのに……。

 ボクが門の脇に自転車を止めると同時に、後ろの荷物がピョンと荷台から飛び降りる。

「ほれ、行ってこい」

 自転車のスタンドを立てながらそううながすが、瑠璃と名乗った女の子はその場に立ち尽くしたまま動かなかった。

「どうした?」

「私が一人で入ったら絶対止められるじゃん」

 ちっ、気づいちゃったか。そうなったらちょっと面白いなーとか思ってたのに。

「お兄ちゃんのとこまでちゃんと連れてってよ。場所も分かんないし」

「しょうがないな、もう……。あー、メンドくさ」

「ちょっと。なんでそんなシブシブなの!?」

「それ、かなきゃ分かんないかな」

 そう皮肉たっぷりに言ってやったが、どうやら本当に分からないらしい。女の子はムダにでっかい目を見開いて、心底不本意そうな顔をしていた。なんて図太い神経してるんだ。

「で、おまえのアニキって何部? 名前は?」

「サッカー部だよ。矢作やはぎ悠也ゆうやっていうの。私に似てて、超イケメン」

 端的、かつ明瞭な答えが返ってきた。求めてない情報まで添えられて。

 今ここから見える範囲で練習しているのはラグビー部と陸上部、あとはテニス部だ。となると、サッカー部は西棟の向こうにある面で練習しているんだろうか。

「ついてきな」

 相手がその言葉に従うか確認もせず、ボクはスタスタと歩き出していた。別に従わなくても構いやしない。むしろそのほうが早く帰れるし。

 だが残念なことに、後ろからはテケテケというスニーカーの音がちゃんとついてくる。

 少しでも近道をしようと南棟の昇降口の前を通り過ぎたところで、一人の女子生徒とバッタリ鉢合わせした。

「あれ、三前じゃん。まだいたの?」

 昇降口から出てきたのは宇津科さん。部活が終わって帰るところだろうか。

「ああ、宇津科さん。いや、ちょっとね……」

 答え代わりに、後ろの中学生のほうを目で指し示した。

「んん? だあれ、その子?」

 ボクの背後を覗き込みながら小首をかしげた宇津科さんが、突然ハッとしたように目を見張った。

「ま、まさか……! 従妹いとこ!?」

 ああ。そんな発想が真っ先に浮かぶあたり、宇津科さん、ヒロ姉の件がちょっとしたトラウマになってるんだろうか。……いや、本当ゴメンね。

「いや。……従姉妹いとこはさすがに……二人はいらない……かな」

「そ、そうだね……」

 ボクと宇津科さんの間に、なにやら奇妙なシンパシーが生まれていた。

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