過保護お姉さんの戦い ~vs.瑠璃篇 1~

 サワサワと頬を撫でる春の風が心地よい。

 学校からの帰り道、うららかな日差しの中を自転車をこいで家へと向かう。

 実に爽やかな気分だ。爽やかじゃないのは、サビが浮きかけたママチャリが立てるギコギコという音だけ。

 まあ、中学からろくすっぽ手入れもせずに乗っているんだから無理もないが。いくらボロでもまだ問題なく実用に耐えるし、コイツを買い換える気など毛頭ない。

 そのうち新生活に慣れて落ち着いたらチェーンにオイルくらいは差してやろう。頑張って古いママチャリに乗ってたら、自転車好きの女の子に声をかけられて自転車競技部にスカウト、なんてルートがあるかもだしね!

 そんなアホなことを考えながら弱虫にペダルをこいでたら、いつの間にか自分のアパートが見えてきた。

 鼻歌まじりで駐輪場に相棒を停め、二階への外階段を上がる。

 ボクとヒロ姉の住むアパートは一階と二階に各三部屋、合計六部屋ある。

 ボクたちが住んでいるのは二階の階段から一番遠い部屋だ。東と南に窓があり、前を他の住人が通らないので音も静か。

 おそらくこのアパートで一番環境のいい部屋なのにも関わらず、入居の時には大家の厚意で一万円にも及ぶ家賃の値引きが行われた。

 なぜか?

 決まってる。ヒロ姉の容姿が影響したのだ。あのツルッパゲのスケベ大家め。

 それだけじゃない。ヒロ姉がこの街に越して来てからというもの、彼女が引き起こす同様のディスカウント効果はスーパー、ドラッグストア、コンビニ、果てはケーキ屋にまで及び、今やヒロ姉はこの街の経済に価格破壊の波を単身で起こしつつあった。

 もちろん、同じ店でボクが買い物をしてもそんな効果は起きない。この前なんかむしろ、コンビニで渡されたお釣りが百円不足していたくらいだ。

 今度あの店員がレジに入ってたら、全部小銭で支払いをしてやろうと心に誓いつつ階段を昇りきる。

 そこで、ちょっと珍しい光景に出くわした。

 ボクらの部屋の隣、三つのうちの真ん中の部屋の前に女の子が立っていた。

 セーラー服タイプの制服に身を包んだ小柄な子だ。おそらく中学生だろう。

「あれー? おっかしいな」

 焦ったような表情を浮かべながら手にしたカバンを慌ただしくかき回すたび、ポニーテールに結わえた髪が右に左にとピョコピョコ揺れる。状況から察するに、家の鍵を学校に忘れたか、朝カバンに入れ忘れたかしたに違いない。

 ということはどうやらこの子、お隣さんということになるがお目にかかるのは初めてだ。

 ヒロ姉と二人で引っ越しの挨拶に行ってはいるのだが、その時応対に出たのは四十台くらいの女性だった。きっとこの子の母親だったんだろう。

 どうも相当お困りのご様子ではあるものの、ボクに何ができるわけでなし、失礼して後ろを通らせていただくことにする。

「こんにちは……」

 相手がお隣さんとあっては、まったくノーリアクションというのも体裁が悪い。今後の円滑な近所付き合いのためにも、当たり障りのない一言をかけつつ女の子の背後を通過した。

 挨拶に首だけ振り向いたその子が苛立ったような目をチラリとボクに向ける。

 まあトラブルの真っ最中のようだし、気持ちは分からんでもないが感じが悪いよ。女の子がそんな顔しちゃいけません。

「あ!」

 そのまま自分の部屋へ向かおうとしたボクの背後で、突然大きな声が上がった。

 驚いて振り返ると、女の子がボクをまっすぐに指さしている。

 まあそういう扱いには慣れてるし、気持ちは分からんでもないが感じが悪いよ。初対面の人を指さしたりしちゃいけません。

 ……いや、初対面じゃなくてもダメだな。

 教育的指導の一つも入れたろか、と向き直ったボクの機先を制して、女の子がさらに大声を上げた。

「隆ヶ崎!」

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