過保護お姉さんの戦い ~vs.佳澄篇 22~

 グツグツ、グツグツと、キムチ鍋が煮えている。

 他に物音一つしないせいで、その音がやけに大きく聞こえる。

 鍋から立ち上る湯気の向こうには、グラビア誌の表紙かと見違えるようなヒロ姉の笑顔。いつもながら怖いです。

 うちの夜の食卓、なんで毎回お説教タイム確定なの? そのうちリストラされたサラリーマンみたいに帰宅拒否になりそう。

 しかもメニューがキムチ鍋ってのがまた良くない。こんな雰囲気でオレンジ色の液体がグツグツ煮立ってるのって、なんか禍々まがまがし過ぎるんですけど……。

「ハルくん……」

 いきなり呼びかけられて、ビクンと跳ね上がった。今、尻が間違いなく二センチは椅子から浮いた。

「……私が何をきたいか、もちろん分かってるわよね?」

 いつも思うんだけどこの質問形式、かれてるほうは答えにくいことこの上ない。回答を促すという観点からはまったく逆効果だと思うんだよな。まあ、威迫いはくという観点からは効果抜群なのは認めざるを得ないんだけど。

「はい、分かってます」

 膝の上に手を揃え、背筋を伸ばしてかしこまる。

 こういう時、下手に逆らわずにひたすら恭順きょうじゅんの意を示すのが得策であることは、宇津科さんの時に学習済みだ。

 ……なんかボク、女の人に怒られてばっかじゃない? 女の人への謝罪とか言い訳とか服従とか、望んでもないスキルばっかり獲得していく気がする。

 役に立つスキルならいいじゃないかという声もありそうだが、こんなスキル、役に立つ場面におちいった時点でもうアウトなんだよなぁ……。

 湯気の向こうのヒロ姉が一つ頷き、上にしたてのひらをボクに向けた。では供述を始めて下さい、ということなんでしょうね、これ。

「えっと。ヒロ姉と別れたあと、駅前のファミレスで……」

「それはどうでもいいの」

 殊勝な顔で供述を始めたボクを、ヒロ姉がピシャリとさえぎった。

「……過程に興味はないから」

 なんでだろう。今のヒロ姉を見ていると、自分のヘソクリを失敬した父さんを問い詰めた時の母さんを思い出すのは。

「ハルくん。私がきたいのはね……」

 ゆっくりと、静かに。回答の拒否は認めないという意思を表明するかのようにおごそかに、ヒロ姉がボクの目を見つめながら口を開く。

「ハルくんはおねえちゃんと宇津科さん、いったいどっちが好きなのかってことなの」

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