過保護お姉さんの戦い ~vs.佳澄篇 21~

「ええと。つまりボクさ、中学のころまで女の子とほとんど話とかしたことなくて……」

「は、なんで? 話せばよかったじゃん」

 簡単におっしゃって下さる。

 ボクみたいなカテゴリーに属する男子には、超えるに超えられぬ壁というものがあるのですよ、宇津科さん。

「いや、そもそも女の子たちに相手にされてなかったし。宇津科さんみたいな感じの子たちからは、特に」

「あー……」

 ボクの言葉に、宇津科さんが得心げな反応を示した。

 ヒロ姉の時もそうだったけど、自分の男としてのコンプレックスを女の子相手にさらすというのは、やはり色々な意味で痛い。

「それってもしかしてヒエラルキー的なこと?」

「まあそう……かな? だから、宇津科さんが話しかけてきてくれた時、すごく嬉しかったわけ。ボクの存在感、一歩前進。みたいな……」

「なるほどね……」

 宇津科さんはテーブルに頬杖をつくと、ちゅーっとストローでコーラを一口すする。

「でも三前。言っとくけど、私のもけっこう付け焼き刃だからね?」

 宇津科さんの言葉の意味が分からずにいぶかしげな目を向けたら、なによとばかりに睨み返された。怖い。

「私もさ、中学の二年くらいまではけっこう地味だったワケ。人と喋るのもあんま得意じゃなかったし」

「ええ!?」

 地味な宇津科さん? なにそれ、ちょっと見てみたい。ジミシナさん見てみたい。

「で、そのころアニキに彼女ができてね。よくうちに遊びに来てたんだけど、その人がもう派手な人でさ」

 その話を聞いたら、なんかちょっと当時の宇津科さんが気の毒になった。

 だって、もしボクんちにある日突然派手な男がやってきて、「よお。オレが比呂実の彼氏だ、よろしくな」なんて言ったら、ボク泣くと思う。それから出刃包丁探しに台所に走ると思う。

「その人、なんか私のこと可愛がってくれて、アニキ抜きでも、よく色んなとこ遊びに連れてってくれたりしたんだ。それで、その影響で私もいつの間にかこんな感じに……」

 ほう。宇津科さんのケースはどうやらいい話で納まったみたいだ。出刃包丁エンディングじゃなくて、よかったよかった。

「でもさ」

 突然、宇津科さんが無理をしたような明るい声をあげた。顔にも作り物じみた、どこか不自然な笑みが浮かんでいる。

「これはこれで、けっこう疲れるんだよね。一度キャラ作っちゃうと、なかなか崩せないっていうか……」

 ああ、やっぱり。

 その言葉は、さっき空き教室でボクが感じたことを如実に裏付けた。

 人目を引くようになればこその、ボクが知りようもない悩み。

 周囲が期待する自分。

 自分がそうあらねばと思う自分。

 それを常に演じ続けなければならないのは、さぞ肩が凝ることだろう。

「そっか。だけど……」

 その時ボクは宇津科さんが貼り付けた重たそうな仮面を目の当たりして、彼女に伝えなければならないことがあると、何かに急かされるような気持ちになった。これを言ったら、また宇津科さんにヘンなことばっかり言う、とか怒られるのかも知れないけど。

 ……でもまあそれは、女の子を喜ばせるという快適機能をボクに装備し忘れた両親制作者のせいってコトで。

「……そんなにいつも気を張ってなくても大丈夫だと思うよ。無防備な時の宇津科さんも、なんかイイと思うし」

 むきーっ、てなってる時とか、ぼんやり窓の外を眺めてる時とか……、とは言わなかった。それはお前の胸の中だけにしまっておいていい宝物だと、そう神様が言ってくれたような気がしたから。

 ボクの言葉を聞いた宇津科さんはストローを咥えて頬杖をついた姿勢のまま、じっとボクを凝視していた。

 その顔がゆっくりと、しかし着実にあかくなっていく。

 ああ、やっぱり予想どおり怒られるルートですね、これ……。

「ちょっと三前。あんたってホント……」

 そしてその言葉を言い終える前に、テーブル上のコールボタンを早押しクイズの回答者みたいな勢いでバンッと押した。

 それまでヒマそうにしていた店員さんが、その鬼気迫る様子に慌ててボクらのテーブルへ飛んでくる。

「オレンジソルベとプレミアムプリン追加で!」

 怯えたような顔の店員さんにそう告げると、彼が注文を繰り返すより前にボクにビッ、と指を突きつけた。

「あんたのオゴリだから!」

「なにゆえに!?」

「うっさい! あんたのオゴリったらオゴリ!!!」

 ……デザート二品分の負債と引き換えに、宝物がもう一つ増えました。

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