過保護お姉さんの戦い ~vs.佳澄篇 18~

 ……結婚?

 い、従姉弟いとこどうしで、結婚!?


 それを聞いた宇津科さんが、なぜかボクのほうに向き直る。

 いや宇津科さん、そんなボクをマジマジと見つめられても……。

「マジ!? 従姉弟いとこどうしって、結婚できんの!!!?」

 そう問われて、ブンブンと首を左右に激しく振る。

 もちろん「できない」の意味ではなく、「知らない」の意味だ。

 あ、そうだ。

 分からないことがある時は、頼りになる人にくのが一番。

 ボクは慌ててポケットからスマホを取り出すと、ぐ〜るぐる先生にお伺いをたてるべく検索ワードを打ち込む。

 いとこどうし、結婚……、っと。

 あまりに動揺しすぎて、「いとこ」を漢字に変換するのも忘れた。

 それでもちゃんとこちらの要求を察してくれるあたり、さすがのぐ〜るぐる先生である。検索結果がディスプレイにズラリと表示された。

 ええっと、日本の法律で婚姻が禁じられている範囲は直系三親等まで。従姉弟いとこは四親等に該当するらしい。

 それが意味するところは、つまり……。

「で、できるみたい……」

 検索内容を検分した結果を宇津科さんに伝える。

 まあ予想されたことではある。

 あのヒロ姉が、間違えたことをあんなに自信たっぷりに言いきるわけがない。ヒロ姉ができると言えばできるのだ。

 いやはやもう、ヒロ姉が「犬という動物は『ニャン』と鳴くものよ」と言いきれば、その瞬間から世界中の犬がニャンニャン鳴き出すまでありそう。

「私、意外と本気で考えてるのよ、そのこと」

 それまでとうって変わった、静かな口調でヒロ姉がそう言った。その声は緩やかな春の風に乗り、西の方の空へフワリと舞って行く。

 そしてその言葉を口にしたヒロ姉の目は、宇津科さんではなくボクへと向けられていた。

 口もとにうっすら微笑を湛え、ボクの気のせいか、頬はわずかにあからんで見える。

 

 どう、ハルくん。

 私がお嫁さんじゃイヤ?


 幻聴か、それでなければ妄想か。そんなヒロ姉の声が聞こえたような気がした。

 ……まあ、たぶん幻聴ですよね。耳鼻科行かないと。

「いやいやいや。ありえないってば……、ちょっとやめてよ、もう。こんなところで」

 宇津科さんが両の手のひらをほおに押しあてて身悶みもだえした。

 どうやら盛大に取り乱しておられる。というより、ヒロ姉の発散する甘い雰囲気に当てられておられる。

「そう言えば宇津科さん。まったくつかぬことを尋ねるのだけれど……」

 その勝ち誇ったような語調に、宇津科さんの身悶みもだえがピタリと止まった。

「あなた、お料理は得意?」

 手のひらを頬にあてたまま、目だけをゆっくりヒロ姉に向ける宇津科さん。

 ヒロ姉の質問に対する回答は、沈黙をもってなされた。

「お掃除やお洗濯は? 女の子なんだし、お母様のお手伝いくらいはするんでしょう?」

 宇津科さんの唇がきゅっと引き結ばれる。

「一番得意な教科は何かしら? 英語はもちろんきちんと勉強しているわよね? 文系理系、どちらを志望するにしても必要な教科だもの」

 宇津科さんの顔が朱に染まる。

 さらに、肩がプルプルと震え始める。

 その震えが次第に彼女の全身へと伝播でんぱして行く様を、ボクは戦慄の面持ちで見つめるしかなかった。

 すると突然、宇津科さんの左腕がボクに向かってニュッと伸びてくる。

 宇津科さんはボクの腕をつかむと、視線をヒロ姉に据えたまま「三前、行こう」と低い声で命じた。

「え? あ、うん。えっと……」

 どうしていいか咄嗟とっさに判断がつかず、ボクは二人に交互に目をやった。

「さっき駅まで送ってくれるって言ったじゃん!」

 宇津科さんが口を尖らせてそう主張するが、どうにもボクのほうにそういった記憶はない。もちろんそう口に出せるワケもないんだけど。出したら、間違いなく宇津科さんが爆発しそうだ。

 ボクは仕方なく、宇津科さんに引かれるまま駅の方へ足を向けた。

「ヒロ姉、じゃあ……」

 恐ろしくてそれだけ言うのが精一杯だ。

 だってニッコリ笑うヒロ姉の背後に、吹きすさぶブリザードが見えるんだもの……。

 意外なことにヒロ姉は制止するでもなく、駅へと向かおうとするボクたちを見送るふうだった。

「ハルくん、今日は早く帰ってきてね。夕飯はお鍋だから」

 宇津科さんにグイグイと牽引されるボクの背中に、そんな声がかけられる。

 ああ、今日は激辛メニューじゃないのか、とか場にそぐわぬことを考えてたら、背後から追加の一言が追いかけてきた。

「……ちなみにキムチ鍋よ」

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