過保護お姉さんの戦い ~vs.佳澄篇 16~

 思いもよらなかった宇津科さんの強気な態度に、ボクのハラハラメーターが一気に跳ね上がった。

 先ほどまでとは逆で、宇津科さんのほうがボクより半歩踏み出した形になっている。見ようによっては、宇津科さんがボクを守ろうとヒロ姉の前に立ちはだかっているように見えなくもない。

 ……ダメじゃん、普通は逆だろ。

 ていうか宇津科さん、なんでそんなにムキになってヒロ姉と張り合っちゃうの? 何の得があるでなし、さっさとスタコラしちゃえばいいのに……。

 ヒロ姉と宇津科さんが映画のラストの対決シーンみたいに向かい合ったまま、しばしの沈黙が続いた。

 ヒロ姉の表情は変わらず穏やかやに微笑んだままだ。けれどその目は揺るがず、宇津科さんに真っ直ぐ向けられている。

 かたや宇津科さんのほうは眉間にシワを寄せ、やってやるぜー、みたいな空気をバシバシ発散させていた。

 何をやってやるつもりかは分からないが、ボクの胃によくないことなのは確かなので、できればそういう事態にならないでほしい。

 ムリ。もうムリ。

 こういうピリピリしたムード、ボク本当に苦手。

 そのピリピリムードを冗談に紛らわせようとするみたいに、ヒロ姉がクスッと笑いを漏らした。

「そんな怖い顔をしなくてもいいじゃない、宇津科さん。ちょっといてみただけよ」

「そうやってあれこれ詮索し過ぎるから、小姑こじゅうととか言われちゃうんじゃないですか?」

 

 完全なる宣戦布告だった。

 ヤバい。もう本当にヤバい。


 それまで余裕綽々しゃくしゃくだったヒロ姉も、さすがにこれには頬をピクリと引きらせた。

 それでも笑顔だけは崩さないその自制心はさすがと言わねばならぬ。ていうか、今もしヒロ姉が般若みたいな顔したら、百パーセントチビる自信がある、ボク。

小姑こじゅうとと言われようと、私にはハルくんの保護者代わりとしての義務があるもの」

 さっきまでより一オクターブ低い声でヒロ姉がそう断じる。

 笑顔のままの分、かえって凄味が増した感じだ。

「保護者代わり……?」

 今度は宇津科さんの頬がピクリと引きる番だった。

「そう。私、ハルくんのご両親から彼を預かってるのよ。ハルくんから聞いてない?」

「え!? それってどういう……」

 マズい。話がだんだん行ってほしくない方向に流れて行ってる。

「つまり、遠方で暮らしてる叔父様と叔母様からハルくんを預かってるの。二人で暮らしながらね」

 グルン、と宇津科さんがボクのほうに向き直った。

 その目には驚愕きょうがくの色がありありと浮かんでいる。

 ちょっと。二人暮らしまでは聞いてないわよ、このヘンタイ、みたいな軽蔑の色まで浮かんでるように感じるのは、ボクの考え過ぎだと信じたい。

「三前、あんた……」

 たぶんさっきまでとは違う理由で宇津科さんの唇が震えていた。

「……それ、ホントにヤバいって」


「何がヤバいの?」

 

 宇津科さんにそう問いかけたのは、ボクではなくヒロ姉。

 背後から投げかけられたその言葉に、宇津科さんがふたたび振り返った。

「だってそうじゃないですか。あなたみたいな女の子のことにまで口を出す同居人と、しかも二人きりで暮らしてるなんて……」

 そこでいったん言葉を切った宇津科さんが、ゴクリと唾を飲み込む。

「……三前君、結婚どころか、一生彼女もできませんよ」

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