過保護お姉さんの戦い ~vs.佳澄篇 8~
なんとかヒロ姉の追求を振り切って自分の部屋に戻ると、もはや何をするだけの気力も体力も残っていなかった。ボフッ、とベッドにダイブしたとたん、解放感がジンワリと全身に広がっていく。
ボクとヒロ姉が暮らしているアパートは2LDKの間取りで、六畳の部屋をボクが、もう一つの八畳間の方をヒロ姉が使っていた。決して安くない部屋代の三分の二は赤城家の負担なので、ごく当然の部屋割りと言える。むしろリビングのソファで寝ろと言われてもおかしくないくらいの比率だった。
ボクから見たら、あの甲斐性なしの父さんが三分の一を負担する覚悟をしただけでも
まあ、あのヒロ姉がリビングで寝ろなんてことボクに言うはずがないんだけどさ。それどころか「二つの部屋を書斎と寝室に分けて、ダブルベッドで一緒に寝ない?」なんて提案までされたくらいですよ?
本当、ヒロ姉ってば男子高校生のリビドーを甘く見すぎだと思います。
モゾモゾと
なんだよ、だりーなーとベッドに突っ伏したままアイコンをタップしてトーク画面を開いた。
“梶田”
「うぇ……」
メッセージを送ってきた相手の名前を確認したとたん、産卵期のウシガエルみたいな声が口から漏れた。
昨日の放課後、ボクと宇津科さんがスマホ片手に連絡先のやり取りをしていた時のことだ。
教室中が思い思いの相手と連絡先を教えあう生徒たちの声で賑わう中、自分の席に座ったままじっとこちらを見ているヤツがいた。まるで二日酔いに苦しむ落ち目のプロレスラーみたいな見てくれをしている。
名前はたしか……、
思わずチラリと横目に様子を
ボクと目が合った瞬間、梶田がまるでタクシーを止めるみたいにいきなりこっちに向かって手を上げる。その様子はまるで救助を求めるカナヅチの海水浴客さながらだった。
もちろんこっちの選択肢は「目を逸らして無視を決め込む」の一択。
しばしの
まあ、いかにも浴衣を着て両国あたりを歩いてそうな体型からして、動くのが面倒くさいんだろうことは分かるんだけどさ……。それにしても、当たり前みたいに人を呼びつけようとするその態度はなんなの?
あんまり関わりたくないなーと、ひたすらそちらを見ないよう努めていたんだが、どうやら宇津科さんのほうが先に根負けしたみたいだった。
「ねえ三前。あの人、なんか呼んでるんじゃない?」
そう言う宇津科さんの顔には、「呼ばれてるのが私じゃなくてよかった」みたいな色がありありと見てとれた。
うん。本当よかったよね。でも、ボクを生け贄に差し出すとか、ちょっとヒドいと思うの……。
しかたなく、その入門したての新弟子みたいなヤツの席へ向かう。
ようやく自分の要求が通って満足したのか、梶田がカバみたいにフシューッと勢いよく鼻から息を吹き出した。まだ四月上旬だっていうのに、なんでそんなに額に汗浮いてんの?
「……呼んだ?」
自分の予想が勘違いであることを祈りつつ、恐る恐る声をかける。すると、梶田はクマがハチミツをすくい取るような
思わず一歩後ずさるボク。
だが、抜き出された手に握られていたのはただのスマホだった。いや、「ただの」というのは語弊がある。それはテカテカと異様なほどの輝きを放っていた。多分、梶田の
彼はなにやらスマホをチャチャッと操作すると、ボクに向かってそれをヌッと差し出した。気が進まないながらも画面を覗き込むと、起動されたバーコードリーダーの画面がユラユラと揺れている。
…………。
まあ、コイツの欲するところはなんとなく分かった。
いやだけど、しかしなぁ。
普通なら、絶対に応じない。けれど、この新米力士の無言の圧力ときたら普通じゃなかった。さっさとしないと、頭からハチミツかけて喰うぞくらいのオーラが出てる。
目先の安全を最優先したボクは、QRコードが表示されたスマホを震える手で差し出さざるをえなかった。
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