過保護お姉さんの戦い ~vs.佳澄篇 6~

「かわいい子だったわね、ハルくん」

 その日の夕食の席、ヒロ姉が唐突にそう切り出した。

 やっぱり来たぜ、この流れ。

 反射的に顔を上げそうになるのを無理に我慢したせいで、くびがゴキリといやな音を立てた。

 ヒアルロン酸不足か? 歳だな……。

「…………………………誰のこと?」

「その長〜〜〜〜〜い間は何かしら?」

 誘導尋問を警戒したのが裏目に出た。逆に意識しているのがバレバレだ。

「もちろん宇津科さんのことよ」

 そうですよね。知ってました。

 それにしてもヒロ姉、たった一回聞いただけで宇津科さんの名前をバッチリ覚えてるとか、なんか執着の匂いがしてこわい。

「ま、まあ、きゃわいいよね、たちかに……」

 動揺のあまり思い切り噛んだ。しかも噛んだ部分が最悪だった。

「……ハルくんったら、いつからそんなキャラに?」

 キャラじゃないです。あなたのせいです。もしボクがこんなキャラだったら、多分存在を許されてないです。

 それより、そんなおののいたような目でボクを見るのはやめて頂きたく……。

「それとも、そんな口調になっちゃうくらい宇津科さんにメロメロとか、かしら」

 一転、おどけたような口調になってヒロ姉がそんなことを口にする。だが、目が笑っていなかった。

「そんなわけないじゃん。昨日同じクラスになったばっかりだよ?」

「でも、ラインのID交換はしたんでしょ?」

 それは質問ではなく確認だった。

 勘か、推理か、はたまた別の理由か。いずれにせよヒロ姉は、宇津科さんがボクと連絡先を交換した女の子の一人だということに確信を持っている。

「まあ、席が隣どうしになったし……」

「なるほどね。席が隣どうしになったから、ね」

「うん、まあ」

「じゃあ、もちろん反対側の隣の男の子ともID交換したのよね?」

「え……?」

 いや、してませんね。ていうか、どんなヤツだったかな。そもそも、男……だったっけ?

「……後ろの席の男の子とは?」

「……」

 してないです…………。あ! でも名前は覚えてるよ!? 確か……、アフリカマイマイ君!

「前の席は女の子だったわね……」

「…………」

 いやあの……。ID交換どころか、まだ一言も話してない気がする……かな。

「ねえ、ハルくん……」

 答えに詰まるボクを見て、ヒロ姉が口もとをピクリと引きらせた。

 部屋の空気が一瞬にして凍りつく。

 激辛の麻婆豆腐で火照ほてった身体からだまでがいっぺんに冷えた。

 ……ていうかヒロ姉、激辛料理好き過ぎじゃない?

「なんで周りの席の子たちの中で、宇津科さんとだけ連絡先交換したの? どうして他の子たちとはしないの? ねえねえねえ?」

 ヒロ姉の右手がテーブル越しに伸びて、ボクのスウェットの袖をキュッとつかむ。しぐさ自体は非常に可愛らしいが、目的は絶対捕獲ですよね、これ。

 ヒロ姉の質問に対する答えは「宇津科さんのほうから声をかけてくれたから」だが、それを口にしたら間違いなくトラブルルートまっしぐらだ。宇津科さんが。

「いやほら、ボクあれだから。人見知りだから。順番にボチボチ声をかけて行こうかなーとか……」

 ヒロ姉が無言のまま、半眼でボクをじっと見つめる。

 やっぱり信じてないですよね。

 ……本当、ボクの説得力のなさがハンパない。

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