過保護お姉さんの戦い ~vs.佳澄篇 4~

「なんだろう、三前。私、何かしちゃったのかな?」

 部活紹介が行われる体育館へと移動する途中、宇津科さんが歩調を落としてボクの隣に並んだ。その顔にはありありと戸惑いの色が見てとれる。

 まあ、当たり前だ。

 初対面の人間からあんなつかみ所のない威圧を受けたら、誰だって困惑するだろう。困惑するどころか、怒り出す人だって少なからずいるに違いない。ただ、ヒロ姉が相手の場合に限ってはその数が極端に減るというだけで。

 まして宇津科さんは知らないのだ。ヒロ姉がボクのクラスの女子に抱いている限りなく誤解に近い疑惑のことを。

 宇津科さんだけじゃない。ボク自身もヒロ姉襲来のショックから立ち直れていなかった。

 さっきヒロ姉が去った直後の沈黙に満ちた教室。ほぼ入れ替わりに担任が入ってこなかったら、ボクも宇津科さんもとてもじゃないが居たたまれなかったに違いない。

「いや、ゴメンね? 本当ゴメンね? うちの……姉? がさ。なんかね?」

「いやだから。どして疑問形?」

 宇津科さんは笑い出すのを我慢するような顔で、冗談めかしてボクを肘でつついた。

 よかった。

 どうやら宇津科さん、この様子を見る限り怒ってはいないみたいだ。さっき宇津科さんが受けたわれのない扱いを考えれば、二度と口をきいてもらえなくたっておかしくなかろうに。

 実際のところ、土下座の覚悟までしてたからね、ボク。

 ホント宇津科さん、懐が深い。東京駅の京葉線ホームくらい深い。

「ていうか、さっきの赤……、赤城さんだっけ? 三前の従姉いとこなんでしょ? 苗字も違うし」

「いや。実はうち、複雑な事情で姉弟の苗字が……」

「そんなワケないし。さっきあの人が自分ではっきり従姉いとこって言ってたじゃん」

 半眼の宇津科さんがあきれたような口調でボクの主張をさえぎる。

 もう黙って頷くしかなかった。

 ていうか、これ以上信憑性のある作り話が思いつかない。

 それにしても当然のようにヒロ姉の言葉のほうが信用を勝ち取るあたり、ボクの説得力がヤバいことになっていた。

 ていうか、まあね。複雑な家庭事情とか言われても、普通は真に受けないよね。

 現実には複雑じゃないけど特殊な家庭事情を抱えているわけだが、そこらへんは可能な限り語りたくない。特に両親に関するくだりとか。

 そうこうするうち、ノロノロと進む一年生の列は次々と体育館へと飲み込まれていき、ボクと宇津科さんもそれにならった。中に入ると、舞台に向かって一面に折りたたみ椅子が並べられている。

「でもさ、なんで従姉いとこがお弁当届けにくるわけ? 一緒に住んでんの?」

 確かに座る場所は自由だが、なぜか当然のようにボクの隣に座る宇津科さん。右斜め前の方では、宇津科さんとよく話している二人の女子がこちらをチラチラ見ていた。

 佳澄、なんであんなヤツと話してんの? とか思われてますよね。まあしょうがないですよね。

 だって、ボクもそう思ってるし。

「……うん。ヒロ姉が入った大学がこっちにあるから、一緒に住んでる」

 この言葉、表面上は嘘じゃない。けれど、色々大事な情報が抜け落ちてはいる。

 事実だけを繋ぎ合わせて嘘を作ることができると、いつか誰かが言っていた。

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