過保護お姉さんの戦い ~vs.佳澄篇 1~

 ヒロ姉にお説教された翌日、すなわち高校生活二日目の朝。

「お、三前。はよっ!」

 シュボつく目をこすりながら教室のドアをくぐったボクに、明るい声が飛んできた。

 隣の席の宇津科うづしなさんだ。学校来るの早いな。

 下の名前は、えっと……。たしか「佳澄かすみ」さん。

 明るい色の髪を肩のあたりまで伸ばし、胸もとのリボンタイは入学式の翌日なのに早くも少しゆるめられている。

 活発な感じの垢抜あかぬけた女の子で、いかにも華やかなクラスの中心グループにいそうなタイプだ。

「お、おはよう、宇津科さん」

「眠そうじゃーん。どした、徹ゲー?」

 そそくさと席についたボクの肩を、宇津科さんがぱしぱしと叩く。

 何か気のきいた返事の一つもしたいところだが、いかんせんボクにそんな快適機能は装備されてない。両親制作者がああだから当たり前と言えば当たり前で、むしろ最低限必要な安全装備まで忘れられてりゃしないかと不安になることすらある。

 かといって、同居人の従姉いとこに夜遅くまで説教されていたなんて真相を語っても、きっと引かれるだけですよね。状況的にも内容的にもね……。

 しかたがないので、曖昧あいまいな笑顔を浮かべて「いや、ちょっとね」とかごまかしてみた。

 それにしてもこの宇津科さん、ボクみたいな中身も外見も地味なヤツに普通に話しかけてくれるとか、いい子すぎる。中学のときは、こういうタイプの女の子たちからはたいがい空気扱いされてたからね、ボク。

 実のところ、昨日まっ先にメッセージアプリのID交換をしてくれたのがこの宇津科さんだったし、それも声をかけてくれたのは彼女のほうからというオマケつき。

 そんな天使みたいな女の子が隣の席とか、ボクの高校生活、どんだけ夢と希望にあふれてんの?

「あ。そういえばさ、今日の部活紹介ちょっと楽しみじゃない?」

 宇津科さんが、ボクのほうに身を乗り出しながらそんな話題を振ってきた。

 近い。

 肩と肩が触れそうなくらい近い。

 しかも追い討ちをかけるみたいに、ふわりとシャンプーの香りまでが漂ってくる。

「うん。そ、そうだね……」

 ばっくんばっくん跳ねる心臓をなだめながら、やっとそれだけ口にした。

 いやいや、それだけじゃダメでしょ。ここが頑張りどころでしょ。なんとか話を広げなきゃでしょ、ボク。

「宇津科さんて、中学のとき何か部活やってた?」

 オッケー。これ、無難じゃね? ものすごく自然だったんじゃね?

「うん、やってたよー。バレー部!」

 ボクの頑張りに対するご褒美といわんばかりのこぼれるような笑顔とともに、宇津科さんが声を弾ませた。

 けれど次の瞬間、なぜか眉を八の字にしてため息を吐き出す。

「でもさー、ココのバレー部って、毎年県のベストエイト常連の強豪だし、入っても練習とかついていけなさそう」

「そんなに強いんだ、うちのバレー部って」

「そだよ。知らなかった?」

「う、うん。部活に入るつもりなかったから、あんまりそういうの調べてなくて」

「ええ、もったいない!! せっかくの高校生活なんだから、なんかやりなよー」

 自分でびっくりするくらい、ふつうに会話が進んでいた。会話が進んだだけでびっくりっていうのが、もうなんかすでにアレだけど。

「私もバレーじゃなくて、なんかノンビリやれるとこ探そっと」

 ふうっと伸びをしながら、宇津科さんが独りごちる。

 そのまま「どこか一緒の部に入らない?」とか誘われる展開を妄想したものの、さすがに人生そこまで甘くはなかった。

 神様も仏様も、もう少しボクを甘やかしてもいいんじゃないかと思う。甘やかすだけが愛じゃないというなら、ボクは愛などいらない。

 とはいえ中学三年間を帰宅部一筋で通したボクのこと、そんな誘いを受けたら受けたで、また頭を悩ますことになるのは必定だ。今のところは、宇津科さんとのこの奇跡的な距離感だけでも満足するべきなんだろう。

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