デラ・バウのゆくえ
バタバタと、事態は進んでいく。
<エラ・クゥ>の曳航準備が整った頃、海上を覆っていた霧が晴れ始めた。元々
この時点で私は、他のガ=ダルガ艦に対し、ドローンによる降伏勧告を行うことにした。ルートが録音していたグ・エンの言葉を、艦の側まで行って大音量で流すのだ。現状、どのガ=ダルガ艦も推進装置が破壊され漂流しているだけなので、この勧告は
私たちの近くにいた二隻は、勧告直後すぐに降伏した。降伏勧告に従わなかった残り二隻に対しては、<ハーキュリーズ>をEH-3で送り込んだ。ただ、EH-3は本来二人乗り、後部の機材スペースを活用すれば、なんとか二人の<ハーキュリーズ>を運べる。それじゃ足りないので、仕方なくヘリに吊り下げて運ばれていった。その姿は、とてもシュールなものに思えた。あれって、積載量オーバーなんじゃない? と三島艦長に聞いたら、艦長曰く「距離も短いし、問題ないでしょう」と。いいのかそれで。
そんなわけで、ガ=ダルガ艦隊の制圧は、あっけなく終了した。捕虜となった乗員は、艦の操舵担当を残して他は帝国の船に分散させて収容。また、それぞれの艦に固定されていた砲は、解析するため用の数台を残して、後は海中へと投棄させた。少しでも軽くしないと引っ張るだけでも大変なんだって。砲に関して皇帝が「もったいない」とのたまっておられたが、私の知ったことじゃありませんよ、えぇ。
ガ=ダルガの艦上に備えられていた機銃のような武器は、機関部の蒸気を利用して弾を撃ち出すしくみだった。でっかい空気銃みたいなもの、と<ハーキュリーズ>アルファリーダーが言っていた。私たちが機関部を破壊したせいで、十分な威力を発揮できなかったわけだ。十全の威力でも<ハーキュリーズ>の走行を打ち抜くことは出来なかったはず。
そんなわけで戦闘を開始してから半日も経たずに、ガ=ダルガ先遣部隊をバシュワ島へ曳航していく準備が整った。あとは帝国艦隊に任せればいい。バシュワ島への食糧補給などは、別途、考えなければいけないけどね。
その食糧の手配と同時に、テシュバートに対してデラ・バウの船が向かったことを通達し、あちらに残っているエバさんに伝えてもらうことにした。デラ・バウが使っているのは、特殊艦らしいけれど、二~三日で大陸まで到達できるとは思えない。補給も必要だろうし。なので、あちらで迎撃する時間はたっぷりあるはず。テシュバート近辺に現れたなら、レーダーですぐに補足できるけど、あそこには防衛装備しかないからなぁ。
もちろん、途中の島々に警告を出すことも忘れない。ただ、防衛力を持った島は少なく、島民の少ない島が狙われたらどうしようもない。多少の食料などは強奪されることを前提に、必要な物資は隠してもらうしかない。日本の施設を使ってもらっても構わない。人命が最優先。
「では、サコタを救出しに行きましょー」
ええっと、クレア? まぁ、最終的にはガ=ダルガまで行くことになると思いますが、その前に、奪われた島々を解放しないと。
「それこそ、帝国艦隊に任せるべきでは?」
「不必要な損害がでるでしょ? <らいこう>が一番速いし、グ・エンと捕虜にしたガベル・フルーを使えば、無駄な血を流す必要はなくなります」
「それはそうですが……」
そんな会話をしている時に、当の迫田さんから連絡が入った。クレアさん、大喜び。前から感情を隠さない人だなぁと思っていたけれど、だんだん激しくなってない?
『クレアの爪の垢でも煎じて、少しは感情を表に出したら?』
そんな詩の声が聞こえたので、頭の上を手で払って吹き飛ばす。これでも感情豊かだとおもうんだけどなぁ。と言っても、ここには飛び上がらんばかりに喜んでいるクレアと、ルートしかいない。誰にも聞けないじゃない。
「どうかしたかね? サクラ」
「いや、なんでも」
「何もない空間を前腕部で払うという動作は、これまでの情報にないのだが、どこかの宗教的儀式かな?」
「ちがうってば」
そういえば、ルートもどんどん人間くさくなっている。以前は、微動だにせず、ただそこにいることもあったけれど、それでは置物と変わらない、動き出したときにびっくりするから、微妙に動いた方がいいよ、とアドバイスした。今では、小首をかしげたり指を動かしたり、何らかのアクションをとるようになった。
「サクラ、何しているの、早く繋いで」
「あぁっと、ごめんなさい」
クレアに促され、迫田さんからの通信をこちらへ繋いでもらった。
『阿佐見さん?』
「迫田さん、今どちらですか?」
『現在、<らいめい>でそちらに向かっているところです』
「ハァイ、サコタ! 私もいるのよ」
『クレア? テシュバートじゃないのか?』
「私もDIMOのエージェントですからね。DIMO職員の安否確認は必要でしょ?」
『わざわざ戦場に出る必要はないと思うが……まぁ、いい。二~三日後には、そちらと合流できると思います、阿佐見さん。詳しい説明は、その時に』
「わかりました」
□□□
迫田さんと合流できたのは、結局四日後だった。
島を占拠しているガ=ダルガ部隊の鎮圧は、さほど時間は掛からなかったが、捕虜とガ=ダルガ艦の扱いをどうするかで揉めた。こうした調整も私の仕事……ほんとに?
誰かがやらなきゃならないので、島民との折衝をしたのだけれど、島民の中でも意見が割れてまとまりがつかないのよ。そんなこんなで時間を取られたこともあって、<らいめい><らいこう>同型艦二隻は、無名島で合流することになった。無名島の様子も見ておきたかったしね。
「ごくろうさまです、迫田さん」
「阿佐見さんも。私たちは不要だったかもしれません」
「そんなことありません」
無名島の事務所で、私と迫田さん、DIMOの面々、<らいこう><らいめい>両艦長、無名島管理代行者などなど、総勢二十名近くの会議が行われた。
ちなみに、クレアはちゃっかり迫田さんの隣をキープして、ニコニコしている。最初に出会った頃のクールビューティーな感じはどこへ行ったのか。
ふと、顔を上げると視線の先にクレアがいた。なんだか、笑顔で心なしか肌もつやつやしているような……さっき、「サコタ成分、充填してくる」って言って、迫田さんと五分くらい話していたけど、もしかしてそのせい? サコタ成分って何?
「事前にお送りしたレポートで、ガ=ダルガでの状況は概ね共有できていると思います」
クレアとのおしゃべり(というか、クレアが一方的に話していたようだけど)を打ち切って、迫田さんが話し始めた。すでにそれぞれの状況・対応については、レポートが回っているので全員が情報を共有している。
「概要を簡単にまとめますと、帝国への侵攻はガ=ダルガの総意ではなく、バウ氏族を中心とする
あやしげな成分の発生元、じゃない、迫田さんが、みんなに向かって説明を始めた。
「バウ氏族は、ガ=ダルガの中心氏族ではないですか? 曲がりなりにも合議制なのですから、責任はガ=ダルガ全体にあると言えるのでは?」
「責任という点ではおっしゃる通り。ですが、
無名島責任者である村瀬一佐の質問に、迫田さんがスラスラと答える。まるで台本があるみたいに。たぶん、想定質問集とか作っているのだと思う。こういうとこ、私は真似できないのよね。迫田さんが、夜中にコツコツ問答集とか作っているところを想像すると笑っちゃうけど。
「資源、ではないのですか?」
「時間がなかったので深い調査はこれからですが、大陸進出は単なる足がかりに過ぎず、バウ氏族の真の目的は――“禁断の地”です」
迫田さんの言葉に、室内がざわつく。禁断の地は、大陸の西を流れる大河エイシャのさらに西に広がる土地。その名前が示すように、王国も帝国もその土地には近寄ろうとはしない。神話時代から続くタブーとされている。面白いのは、禁断の地が
かつて――いいえ、現代でも、不浄の者が足を踏み込むべからず、なんて山もある。不浄の者って、
それはともかく。
「禁断の地ねぇ……あそこに何があるっていうの?」
「それは、まだ。何か民族の伝承にまつわることらしいのですが、ディナ氏族でも言葉を濁すので」
「わかった。そちらの調査は引き続きお願いします。あとは、エバさんに知らせないと」
彼らが直接、禁断の地に向かうとは考えにくい。とすれば、帝国の西側――ウルジュワーンやサカニサラーンあたりに接近する可能性が高い。そこで捕らえることができればいいのだけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます