霧の正体

 グ・エンの呼びかけもあって、ガ=ダルガの旗艦――<エラ・クゥ>は速やかに制圧された。散発的な抵抗はあったけど、日本側には一人の死傷者も出さずに済んだ。

 <ハーキュリーズ>の後を追うように<エラ・クゥ>へ乗り移った海自隊員たちは、乗員の武装解除を進めるとともに、ガ=ダルガ人全員の怪我の有無を調べて、必要な者は治療処置を行った。人道的な見地から、これは帝国側からも文句はでなかった。


一時間ほどして、安全が確保された(少なくともこの艦上では)というので、私もガ=ダルガ艦に移乗した。<エラ・クゥ>艦内にあった武器はすべて没収して、<らいこう>の格納庫および船倉に保管した。なので安全なはず……でも私の<アテナ>装備は、脱がせてもらえなかった。いや、便利なんだけど、長時間着ていると蒸れてくるのよね、<アテナ>これ


 それじゃぁ、敵の総大将の顔を拝みに行きますかー、というところでDデルタチームから連絡が入った。


『探査目標三号を発見……阿佐見調整官、こちらに来ていただけませんか?』


 Dチームは、確か艦首方向の探査を行っていたはず。それでもって、探査目標三号は“霧の発生源”。毎回毎回、ガ=ダルガ側に都合良く霧が発生するなんて無理がある話だから、何らかの方法――おそらく、魔法使いによって霧を発生させているのだろうと、ウッドマンさんたちが予測していた。霧は、(少なくとも帝国にとっては)やっかいなので、早めに発生源を特定して除去するようにという命令はあったけれど、わざわざ私を呼び出す意味は何だろう?


 とりあえず、霧の方を優先することにしよう。私は、ヘルメットディスプレイに表示されている侵入経路指示に従って、Dチームの元に向かった。


□□□


「なにこれ……」


 Dチームが私を呼びつけたのも、今は理解できる。


ここは、艦の先っちょも先っちょ、喫水線より少し上にあたる部分。先端に向かって狭くなっている三角形の部屋だ。息苦しさを感じるのは、天井が高くないせいだけじゃない。無骨な鉄製の檻のせいだ。

檻の中には、鎖で縛られたが横たわり、蠢いていた。それは、ヌメヌメとした皮膚を持った巨大な生物で、喩えるならでっかいウミウシだ。ウミウシの魔物クリーチャーズだ。初めて見た。その魔物クリーチャーズが時々、か細い泣き声とともに、大量の白い煙を吹き出している。その煙は、檻の両脇に配置された管に吸い込まれていく。うん、これが多分、霧を生み出しているんだわ。


「とりあえず、吐き出している煙を停めないと。……ねぇ、あなた、やり方は?」


 この部屋を管理していたと思われる、ガ=ダルガ人乗員に尋ねた。後ろ手の状態で拘束バンドに腕を縛られているその男は、オドオドした表情を見せながら、壁から突き出ているレバーを顎で刺した。


「そ、それを降ろせば、上からみ、水が降る。そうすれば、あいつは落ち着く……」


 水? 水を与えずに、ストレスを与えているの? じゃぁ、煙みたいな霧を吐き出すのは、そのせいね。なら、この魔物クリーチャーズたちに水を与えて大人しくさせないといけないわね。

でも、この男の態度って、なーんか違和感があるのよねぇ。子供たちが隠し事をしているような感じ?


「誰か、このレバーを操作すると、何が起きるのか調べてくれない?」

『了解しました。今、調べます』


 違和感の正体を探るべく、私はCチームに調査をお願いした。外部スピーカーは切ってあるから、目の前の男には聞こえないはず。


『見つけました』


 程なくして、Cチームから報告が届いた。なるほど、そんな仕掛けが。なら、このひとに少しお灸をすえることにしましょう。


「ねぇ、このレバーで水が出るのよね」

「さっき、い、いっただろっ! いい加減、放してくれっ」

「いいわ。ただし、檻の中にね」

「へ?」


 わめいた男が、急に驚いた表情を見せる。


「あなたも、檻の中に入って、魔物クリーチャーズたちと一緒に水を浴びてちょうだい。レバーを引いて出てくるのがただの水なら、あなたが浴びても問題ないでしょ?」

「え? えっ? あ、い、いや、その……」

「さ、遠慮しないで。魔物クリーチャーズの方は危険がなさそうだから、問題ないわよね?」

「ひ、ひぃっ!」


 逃げだそうと男はもがくけれど、<ハーキュリーズ>ががっちりホールドしているから、逃げられる訳がない。私は、わざと大げさなアクションで、檻の入り口を空けて男に入るよう促す。


 もし私が違和感を抱かず、調査もせずに男の言うことを信じてレバーを引いていたなら、檻の上から大量の酸が、魔物クリーチャーズたちの上に降り注いでいただろう。魔物クリーチャーズを殺すため、あるいはもっと怒らせて私たちを襲わせるつもりだったのかも。まったく、こんなことで煩わせないでほしいわ。


「さっさと本当の事を言いなさい。でないと、檻に放り込んだ後、鎖を解いて魔物クリーチャーズを自由にするわよ」

「わ、わかった……」


 男はがっくりと頭を垂れ、壁の奥に隠されているペダルを指し示した。言われなければ見つけられないほど、巧妙にカモフラージュしてあった。念のため調べてもらったが、こちらに罠はなく、海水を組み入れる単純な仕組みだったので、迷わず操作した。

 魔物クリーチャーズたちの檻の中に、海水が注ぎ込まれ、やがて、ウミウシ魔物クリーチャーズの身体が海水の中に没すると同時に、彼らは煙を吐き出すことを止めた。


 これで一安心。

 他のガ=ダルガ艦もはやいところ無力化して、霧を止めないと。私は無線で<らいこう>に連絡を入れ、霧の発生源に関する情報を伝えた。


□□□


 私たちが霧の秘密を知り、それを停めようとしていた同じ頃、<らいこう>の三島艦長は<エラ・クゥ>の曳航準備に追われていたらしい。<らいこう>が突っ込んで横っ腹に空けた穴も、幸いなことに大きな浸水には繋がらず、帝国の魔法使いによって仮の補修が行われた。自衛隊の射撃は正確に蒸気機関を破壊していて、<エラ・クゥ>の自力航行は望めなかったから<らいこう>で引っ張ることになった。


 霧の外で待機していた帝国側には、無線通信で事前に状況を伝えていたので、敵艦を引っ張って霧の中から現れた<らいこう>を見ても混乱はなかった。皇帝陛下は活躍の場を奪われたので、少し機嫌が悪かったけれど、捕縛したガ=ダルガ艦を(調査が終わったら)引き渡すといったら機嫌が直った。現金なものだわ。


 霧から出た<らいこう>の甲板に、しばらくしてクライ君に乗ってサリフ皇帝が降り立った。<エラ・クゥ>の艦長を名乗るガ=ダルガ人を尋問するためだった。尋問には、<らいこう>の一室が使われた。非常時には手術室として使われる多目的部屋で、他の部屋よりも広くなっている。もちろん、録音・録画準備はばっちりだ。

 艦長このひとには、いろいろ聞きたいことがある。戦争の目的とか。でも、一番聞きたいのは、まだ見つかっていないデラ・バウ――この戦いを先導しているバウ氏族族長のゆくえだ。<エラ・クゥ>艦内のどこかに隠れていると思って、虱潰しに探してもらっているけれど、痕跡ひとつ見つかっていない。ほかにも、確かめなきゃいけないことがたくさんある。時間がおしいので、ここでさっさと終わらせたい。


「私は日本の責任者、阿佐見です。こちらが、この艦の艦長三島。そしてこちらが、ファシャール帝国のサリフ皇帝陛下。あなたは、<エラ・クゥ>の責任者、で間違いありませんね?」


 私たちの前に座らされた男性は、サリフ皇帝の名前を出したら驚いた顔をした。当たり前か。普通、攻撃を受けている国のトップが前線まで出るなんて、非常識だよね、うん。でも、この人はこういう人なのよ。


「ガベル・フルーだ」


 えぇと、名前からしてフルー氏族よね。たしか、バウ氏族の係累氏族で、海運を担っているとグ・エンは言ってたな。彼女と面識はあるのかな? 後で確かめよう。


「ガベルさん、で良いかしら」

「勝手にしろ」

「落ち着いて。こんな結果になってしまったけれど、私たちはわかり合えると思うの」

「……」


 無視か。いいけど。


「さっき、あなたの船にいた魔物クリーチャーズを見たわ。あれで霧を作っていたのね」

「……」

魔物クリーチャーズを使って霧を発生させるなんて、すごいわ。ね、霧の中でどうやって連絡を取り合っていたの? もし可能であれば、今からでも他の船に戦闘中止を指示して欲しいのだけれど」


 尋問で聞きたいことは山のようにあるけれど、最初に自分たちが本当に聞きたいことを尋ねるのは悪手。いくつかたわいのない(既に知っていることでも)質問して、相手の緊張をほぐす――DIMOのアドバイザー、ウッドマンさんから聞いた手順だ。なので、割と差し障りのないことから聞いてみた。「ガ=ダルガの艦はすべて航行不能になっているので、遅かれ速かれ降伏してくるはず」と三島艦長は言っていた。


 できるだけ、手間がかからない方がいいと思って聞いてみたけど、答えは少し意外なものだった。


「連絡方法など、ない」

「ない?」


 そんなこと、あり得るの? びっくりして思わず、サリフ皇帝を見てしまった。この世界に独自の通信手段があるのかと思って。


「帝国ではありえんよ。火炎弾か煙信号、光信号で連絡を取り合うのが普通だ。隠密作戦ならば連絡しないこともあるが、そもそも複数での隠密作戦というのも変だしな」

「ですよねー」


 異界こっちに来てから、何かと自衛隊やら騎士団やらと接する機会が増えたから、少しは軍事のことも判るけれど、私は基本素人。その素人が聞いても、作戦中に連絡無しなんてありえない。


「でも、ずっと霧を発生させているわけでもないでしょう? 霧を消すタイミングとかどうしているんです?」

「“親”と“子”は繋がっている……親を大人しくさせれば、子も大人しくなる」


 話をよく聞いてみると、あのウミウシの魔物クリーチャーズは、親子同士でテレパシー的な? やりとりができるらしい。親を刺激して霧を作れば、子供も霧を作り出す、というしくみらしい。その逆も真なりで、<らいこう>に確認してもらったら、霧が薄れ始めているらしい。面倒だから、帝国の人たちに魔法で風を起こしてもらって、残りの船も拿捕してもらおう。


「手伝いに、うちの<ハーキュリーズ>貸しましょうか、陛下?」

「不要だ。うちの艦隊にも仕事をさせねば、兵どもの不満が溜まる」

「あー、なるべく流血は避けてくださいね」


 霧が晴れればヘリが使えるから、怪我人が出ても<らいこう>で治療できるだろう。そっちはいいとして、さて、本題に移りましょう。


「この艦に、デラ・バウが乗っているはずです。彼はどこです?」

「……」

「黙っていても、あなた方のためにはなりませんよ」

「……」


 意外、と言ったら失礼かも知れないけれど、バウ氏族に対する忠誠心が高いようだ。


「おい、サクラ。話さないようなら、帝国に引き渡せ。拷問でもなんでも、情報を引き出してやる」


 それは、人道的に許しません。でも、どうやれば……あぁ、こんな時に迫田さんがいればなぁ。


「ガベル・フルー。バウ氏族に忠義立ての必要はないわよ」


 そう言いながら、操舵室に入ってきたのはグ・エンだった。後ろにルート。よかった合体は解いたのね。


「ガイ・アズのとこの嬢ちゃんか」

「お久しぶり。こんな形で再会するとは思わなかったわ」


 グ・エンは、スタスタと私たちに近付き、私とガベルさんの間に立った。


「議会は、帝国攻撃命令を取り下げたわ。同時に、バウ氏族を反逆の罪で告発して、バウ氏族の指導部を拘束したわ」

「なんだと? 信じられん」

「本当よ。今、“通信”が繋がっているから、うちの族長と話して」


 グ・エンは、ガベルさんに向かって通信端末スマートフォンを突き出した。どっから持って来たんだろ? たぶんルートの仕業ね。


『ガベルか? 聞こえるか?』

「なんとっ! これは何の魔法だ?」

『魔法ではないよ、“技術”だ。わしも驚いているが、日本はわしらの何十年も先に行っているようだ』

「お父さま。そんなことより、現状をガベルに伝えて」

『おぉ、そうだな』


 うーん、グ・エンがどんどんたくましくなっている気がする。まぁ、一人で帝国に警告しようとしたくらいだから、根性はある子なんだろうけど。なんだか、すれてしまったようで、おねぇさん、ちょっぴり寂しい。


 などと、私が感慨に耽っている間に、ディナ氏族長がガベルさんを説得したようだ。


「……わかった。我々は負けたんだな」

『負けたのはバウ氏族だ。ガ=ダルガわれわれではないよ』


 ガベルさんは、ふぅと大きなため息をついて、私を見ながら話し出した。


「デラ・バウは、この艦にはいない。そもそも、乗っていない。すでに別のふねで、大陸に向かっている」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る