バシュワ島沖海戦
帝国の艦隊が、白波をかき分けて進む。
バシュワ島に到着して二日後、帝国艦隊は再編を終えて出港した。戦闘艦は前の戦いを生き延びた二隻を含めた五隻、それに敵に制圧された島を奪取するための陸上兵力を乗せた輸送艦二隻と物資補給艦一隻。輸送艦と補給艦は足が遅いので、距離を取って追い掛けてくる。これに<らいこう>が随行する形。
私が船旅(旅って言っちゃっていいのかな?)をするときは、<らいめい>か<らいこう>だけの航行だったので、こうして別の船と並んで進んで行くというのは壮観だなぁと思う。私以外にもそう思った人がいたのか、<らいこう>の電動ヘリコプターEH-3が艦隊の周囲を回って艦隊の様子を撮影している。自衛隊のPRに使うんだって。もちろん、偵察も兼ねているわけだけど、少し緊張感足りなくないか? と思ったら、三島艦長が説明してくれた。
「このくらい力が抜けている方が良いのです。有事の前から緊張していては、いざという時即応体制に移れません」
「そうなんですか」
「えぇ。小官はむしろ、帝国の兵たちが緊張し過ぎているように思えます」
「それは……私から、帝国に伝えた方がいいですか?」
「いえ、各艦に通信担当として配置した隊員が、上の方たちに向けて説明しています」
――そして、バシュワ島を出発してから2日が経った。
「霧です! 霧が見えます!」
敵艦隊に遭遇したのは、島を出港してから半日も経っていない頃だった。少なくとも島の近くで戦闘するはめにならなくてよかったよ。
「艦長! 阿佐見調整官! こちらにおいでくださいますか?」
敵発見の報に緊張が走る艦橋で、艦長と私を呼んだのは、探知担当のクルーだった。
「これを見ていただけますか?」
彼女の指さす先には、何かを映した画面があった。えっと、たぶんレーダー画像なんだろうけど、よく分からないから説明して欲しい。
「阿佐見さん、これはとんでもないことですよ」
そういって、艦長自らが画面の説明をしてくれた。
「この薄く帯状に広がっている領域が霧で、その中で強く光っている部分が――」
説明を聞いて分かった。なるほど、これは大変。
□□□
霧の壁が、艦隊の眼前に広がっている。すでに、機関は停止しているが、霧の壁は少しずつ近付いているようだ。
「本艦は、これより帝国艦隊の前に出る。総員、備え。両舷前進、微速」
「両舷ぜんしーん、びそーく」
三島艦長の命令で、<らいこう>の機関が再始動し、艦はゆっくりと前に進み始めた。艦内に緊張が走る。
「CIC、画面から目を反らすなよ」
『CIC了解。捕捉・追尾バッチリです』
「警戒ドローン、1号から5号、射出せよ」
「警戒ドローン、射出。射出完了。待機ポジションに」
相手は速度を落としていない。霧に飲まれる前に、始めましょう。
「ドローン、配置につきました」
今、射出したドローン群は、
この魔法と工学が融合したドローンから流すのは、もちろんグ・エンの言葉だ。危険が伴うので、彼女にはできればテシュバートに残って欲しかった(録音したメッセージでもいいからね)けれど、自分が戦争の
「それじゃ、グ・エン。お願いね」
「うん」
私が渡したハンドマイクに向かって、彼女はゆっくりと語りかけ始めた。
『ガ=ダルガの民よ、我が
そう、私は生きている。帝国に捕らえられたなどという話は、
グ・エンの言葉は、彼らに届いただろうか? 届いて欲しい。届いていれば、あの艦隊は速度を落とすはずだ。地上の車のように急ブレーキは掛けられないからね。
でも、私たちの願望は、すぐに打ち砕かれてしまった。
「対抗勢力艦隊、速度、進路、伴に変化無し」
「霧が敵艦隊を中心に発生しているとすれば、あと5分ほどで
ルートの分析は正しいだろう。彼らは、私たちを霧に取り込んで、攻撃を仕掛けるつもりなのだ。
「ごめんなさい」
「あなたのせいじゃないわ、グ・エン。謝らないでいいのよ」
「でも……」
「まだ、間に合うわ。プランBよ」
プランBというのは洒落だけど、こうなることも予測して計画は立ててある。
『サリフよりサクラ。相手は停まりそうにないぞ。我が艦隊が霧に接触する前に、こっちから仕掛けるぞ』
空母<ウーラ・エルファ>で待機している、ファシャール帝国皇帝から通信が入った。あぁ、行程にはプランBのことを教えていなかったわ。
「サクラより皇帝陛下へ。もう少しお待ちください。日本国自衛隊の実力をお見せします」
『何をするか知らんが、状況によってはこちらの独断で攻撃を開始するぞ』
「構いません」
皇帝との回線を切って、私は艦長に指示を出す。自分たちで考えたことだけど、ちょっと緊張する。
「艦長、計画に従って“スモーク・オン・ザ・ウォーター”発動してください」
「わかりました。総員に通達。本艦はこれより、前方の霧に突入する。各部署は、事前の通達通りに行動せよ」
ほんとは、
「ルート。グ・エンをお願い」
「わかった」
ルートにグ・エンの護衛を頼んで、私は<アテナ>装備を装着した。これ着けるのも久しぶりな気がする。ヘルメットを被ると、艦橋の様子と一緒に前方からこちらへ進んでくるガ=ダルガ艦隊の様子が、
さぁて。やり過ぎない位にお仕置きしましょう!
□□□
「対抗勢力、いぜん進路速度ともに変化無し」
<らいこう>が霧に突入しても、ガ=ダルガ艦隊に変化はなかった。つまり、相手は、私たちを補足できていないということ。霧の中で<ノルム>が攻撃されたのは、使用した魔法が探知されたからではないかという、沢渡一尉の推測が裏付けられたみたい。
顔を海図が表示されているテーブルに向けると、自動的に<らいこう>の位置とガ=ダルガ艦隊の位置が表示された。あら、便利。みるみるうちに、<らいこう>は敵艦隊の間をすり抜けた。
「よし、回頭! 手近な艦から狙っていけ」
三島艦長の指示に従って、<らいこう>は旋回する。これで、相手の背後から近付く形になった。
『こちらCIC。目標捕捉。いつでも行けます』
「よし。タイミングはそちらに任せる。着弾を確認後、次の目標に移る」
『投射砲、一番、二番、発射、いま』
レールガンの発射音は、艦橋まで届かない。マップには、<らいこう>から伸びた光の筋が、敵艦に後ろから追いついていく様子が表示されている。
『着弾確認』
着弾した音も聞こえなかったが、明らかに相手の速度は落ちた。進路もブレ始めている。
「よし、次だ」
こうして、<らいこう>はガ=ダルガ艦隊、五隻の推進力を破壊した。
そう、
霧は人の目からガ=ダルガ艦隊の姿を隠すことはできても、レーダーから隠れることはできなかった。私たちは、邂逅した時点で相手が五隻しかいないことを、レーダーによる探知で知っていた。だからこそ、一隻一隻を狙っていくなんて作戦を実施することができた。本当に三十隻以上の艦隊に、単艦で突っ込むなんて無茶はしない。……しないよね?
「対抗勢力艦隊、停止を確認」
<らいこう>は、艦艇の機関部をピンポイントで攻撃、その推進力を奪うことに成功した。相手も驚いているだろう。これまで敵を霧の中に誘い込んで、ボコボコにしてきたのに、今は逆に見えない敵から攻撃されているんだから。これで戦意を喪失してくれると、うれしいんだけどなぁ。
「対抗勢力、砲撃を開始しました……が、本艦の位置を把握している訳ではないようです」
相手は見えないけれど、数を撃てば当たるって思ったのね、きっと。でも、こんな風に艦隊を組んでいる状態で、周囲に向かって攻撃したら……。
「どうやら同士討ち状態になっているようです。本艦は、少し離れて様子を見ます」
「結構です。あ、一番大きな船の位置を把握しておいてくださいね」
「やらせています。二○○メートル級の艦艇を確認しています。これが旗艦でしょう」
やがて、ガ=ダルガ艦隊も全方位攻撃の愚かさに気が付いたようで、砲撃は止んだ。よし、これからが「スモーク・オン・ザ・ウォーター作戦」の仕上げだ。
「旗艦とおぼしき船に接近する。装甲板、上げ。<ハーキュリーズ>およびEH-3は、展開準備」
相手の船に乗り込んで、親玉を抑える。リスクは大きいけれど、一気に紛争を終わらせることが出来るかも知れない。
「対象まで、距離一○○を切りました」
「どてっぱらに突っ込め」
大きさだけでいえば、相手の船は<らいこう>の倍はある。でも、一部を鉄で補強されているとはいえ、相手は木造艦だ。しかも、こちらは安定性抜群の三胴船に強固な装甲を装備している。日本と帝国の技師や職人が作り上げた<らいこう>の強度に、相手は抵抗できないだろう。
「対象より、砲撃再開されました」
さすがにこの距離なら、気が付くか。でも遅かったみたい。ドーンという激突音に続いて、メリメリと木がしなる音が伝わってくる。
「ワイヤーアンカー発射。前方装甲板展開、<ハーキュリーズ>は各個の判断で突入せよ」
ヘルメット内のディスプレイには、
空中に投影された(ように見える)カメラ映像は、ガ=ダルガ艦の甲板の様子を映していた。もう、飛び移ったのね。すばやいなぁ。運動神経に自信のない私には、できない芸当ね。
船の甲板に降り立ったアルファリーダーのカメラが、艦橋らしきものがある船体後部へと移動しながら、すばやく前方から後方を舐めるように写してくれる。船首と船尾の方に見えたのは、機銃?
その機銃らしきものが、<ハーキュリーズ>に向かって弾を撃ち出した。危ない! と思ったけど、誰にも当たらない。機銃みたいに見えたものは、連射が効かないようだ。こうなると<ハーキュリーズ>の的じゃない。アルファリーダーの指示で、機銃を操作していた人が無力化される。
ほっとしたのもつかの間、今度は船の中から武器を手にした男たちが現れた。剣に槍、あれは銃? あれが、迫田さんの報告にあった蒸気で発射する銃か。日本人には少し大きすぎるけど、ガ=ダルガ人にとっては問題ない大きさみたい。あ、後ろから火の玉も飛んできた。魔法を使う人もいるのね。<ハーキュリーズ>は、非殺傷武器しか装備されていない。大丈夫だろうか……信じるしかない。
視線を戦場カメラから、目の前のテーブルに移すと、表示はすでに海図からガ=ダルガ旗艦の投影図に変わっていた。ドローンと<ハーキュリーズ>からの情報から構築された図だ。<ハーキュリーズ>の位置は、光点で表示される。
アレ? この点は何? タップしてみると、“R”と“F”のアイコンがポップアップした。私は、慌てて通信をつなぐ。
「ルート! なぜそんなところにいるの! しかも、グ・エンと一緒にっ」
『サクラ。君からの
「そこは危険なの、すぐに戻って」
『リスクは計算した。問題ない。グ・エンの安全は確保されている』
あー、もーっ! 冷静に聞こえるのが腹立つわっ!
「そこで、何するつもり?」
ルートとグ・エンは、操舵室へ向かっていた。ちょうどCチームが制圧を完了したところだ。
『降伏勧告だ』
ルートの返事で、私はカメラをチャーリーリーダーにスイッチした。カメラには入り口から入ってくる、ルートとグ・エン。その姿は。
「御厨教授の悪ふざけね」
『サクラ。何を指しての言葉かは理解できる。決して
いや、あの人が喜んでやりそうなことだもの。
『
ルートのその意見には賛同しかねるわ。確かに正面から見ると、グ・エンが外骨格強化服を着ているようにも見えるけれど、余った部分は背中側に張り出して、まるで荷物を背負っているみたいじゃない。
『えーと、すいません。艦内に声を伝える装置があると思うんですが』
ルート、ではなく、ルートに包まれたグ・エンが、Cチームのメンバーに問いかけていた。彼は、「おそらくアレかと思います」と言って、伝声管のようなものを指さした。
『サクラ、グ・エンの言葉を<ハーキュリーズ>の外部スピーカーに中継してくれないか』
「わかったわ」
グ・エンには、飛び出す前に一言いって欲しかったけれど、今更だから後回し。<アテナ>に搭載された管理者権限を使って、ルートのマイク入力を<ハーキュリーズ>の外部スピーカーに接続した。
『ガ=ダルガの民よ。グ・エンから最後の願いを。今すぐ武器を捨て抵抗を止めて欲しい。すでにエンジンは失われ、操舵室も日本が確保した。これ以上の犠牲は無意味だ。私は、同胞の血が流れるところを見たくない……』
いや、できるだけ流血沙汰は避けてきたつもりですけど。
でも、ドローンを使った時と違って、今回は効果があったみたい。艦内での抵抗がなくなっていったと報告が上がってきた。
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