ふたつの報告

 朗報と悲報が、同時にもたらされた。


 朗報は、迫田さんたちからの連絡があったことだ。といっても、本人が直接通信してきたわけではないけれど。ガ=ダルガは通信圏内から外れているので、<らいこう>が迫田さんのメッセージを持って北上、もっとも南にある電波塔の通信圏内に入ったところで送信、受け取った通信拠点がテシュバートに送信、というバケツリレーのような形で伝えられたのね。


 迫田さんから送られたメッセージの内容は、ガ=ダルガの艦隊がすでに出航したこと(うん、知ってる)、グ・エンのお父さん、ディナ氏族の氏族長に接触できたこと、もしかしたら、艦隊を引き返させることができるかも知れないこと等々。迫田さんも、頑張ってくれているみたいだ。


 一方、悲報とは。


「わが艦隊が、負けたと申すか!」


 その報告(悲報)がエバ皇后にもたらされた時、彼女は私と一緒にテシュバートにいた。艤装が終わった<プリムズ・エバ>を見に来ていたタイミングだった。


「陛下、落ち着いて。報告を聞きましょう」

「うくっ! ええぃっ、申せ!」


 エバ皇后の前で平伏しまくった帝国騎士が、恐る恐る報告を始める。同時に、私のタブレット端末にもレポートが送られてきた。萎縮しながらの報告を聞くより、こっちレポートを読む方が早いわ。


――帝国領内にある、比較的大きな島であるバシュワ島で補給を受けた艦隊は、そこからガ=ダルガに占領された島々の奪還に向かったが、バシュワ島の南南西およそ五十キロメートルの海域で敵に遭遇した。霧を見つけたら回避する予定だったのだが、気が付いた時にはもう囲まれていたという。

 そして、敵艦の位置を把握することもできないまま、一方的に砲撃を受けた。本来、帝国の主な攻撃方法は魔法による打撃(法撃)で敵艦にある程度損害を与え、しかるのち接舷して白兵戦に持ち込むというものだが、相手が見つけられなければ法撃を当てることもできない。勘で撃ったりしたようだが、相手に損害を与えたかどうかもわからない。


結局、霧から抜け出した時には、十五隻中、撃沈二、大破三、中破八。やだ、ほとんどが被害を受けているじゃないの。ニホンの技術協力によって一部近代化された艦艇だったので、昔に比べれば人的被害は少ないというが、それでも二百名を超えている。その大半が、魔法使いだ。

 戦力のほとんどを失った帝国艦隊は、後方の補給基地バシュワ島の港まで、満身創痍の状態で帰投したようだ。敵の追撃がなかったことが、不幸中の幸いね。


「なんという……こと……」


 報告を聞き終えたエバさんが、言葉を失ってパイプ椅子に座り込んだ。パイプ椅子は皇后の椅子としては相応しくないけれど、しょうがないじゃない。ここプレハブだもの。

 ずいぶんとショックを受けたようだけれど、それでもエバさんは気丈に指示を出した。


「艦隊は……もはや艦隊とは呼べぬか。残った兵をまとめバシュワ湾で待機。負傷した者の治療を最優先で。死者の弔いも忘れずに」


 海洋国家であるファシャール帝国では、海で死んだ者はその遺体を海に還して弔うと聞いた。


「それから、グード宰相に伝えなさい。『遺族への補償を十分に』と」

「はっ!」


 命令を受けて、騎士はプレハブを飛び出していった。数秒間の静寂を挟んで、エバ皇后が爆発した!


「あの皇帝ロクデナシはどこに行ったっ!」

「わが妻、愛しのエバよ。ロクデナシとは誰のことだ?」


 騎士が開け放していった入り口から、ひょっこり姿を現したのは、ファシャール帝国皇帝その人だった。てか、どっかで入るタイミング見計らっていたりしないよね?


「陛下! お戻りになったのですか!」

「おぉ、戻ったぞ。愛妃よ。おぉ、そこに麗しのサクラ嬢も。これは眼福」

「何を言ってんですか、状況判ってます?」


 どうも、この人との会話は調子が狂う。


「分かっているとも! 帝国を留守にして住まなかった、エバよ。しかし、もう安心だ。援軍を連れてきたぞ」


□□□


 数日後、私は護衛艦<らいこう>に乗って、帝国南方のバシュワ島に向かって進んでいた。併走するのは、帝国艦<プリムズ・エバ>、<ノルム>の同型艦<ベルーラ>、そして、小型空母<ウーラ・エルファ>。空母という概念は異界こちらにはなかったが、誰からか知識を仕入れた皇帝がウルジュワーンで造らせていたらしい。もちろん、飛行機は存在しないのだが、もっと小回りが利く航空戦力が帝国にはあった。翼竜だ。サリフ皇帝は、クライ君の仲間を説得し味方してもらうため、彼の故郷に行っていたのだそうだ。こと、戦争のことになると先見の明がある男だなー。


「先の艦隊が大打撃を受けたのだ。そのままぶつかっても勝ち目はあるまい。何か策はあるのか?」


 艦橋で、デジタル海図を見ながらルートが聞いてきた。なぜか彼も参加したいと言って、<らいこう>に乗って来た。助けが多い方がいい。彼のオリジナル・ボディは格納庫にある。今は、ヒューマノイドユニットの姿だ。少し前まで、車輪で走り回ることが彼のブームになっていたようだけど、さすがに狭い艦内で走り回るのもどうかと配慮した……かどうかは分からないけれど、今は人間と同じシルエット。お腹の部分がルート・コアという、ちょっと笑える感じになっているけどね。


「これまでのデータから考えると、相手ガ=ダルガの兵器でも<らいこう>が損害を受けることは考えにくいが、帝国の艦隊は敗北する可能性が高い。具体的な数値を示すか?」

「いえ、数値は結構よ」


 私が海図のある地点をスタイラスペンで指し示すと、情報がポップアップ表示された。“バシュワ島”という名前の横には、いくつかのアイコンが並んでいる。港のアイコン、通信塔のアイコン、病院のアイコン等々。矢印アイコンを触れば、より詳しい情報が表示されるが今はいらない。


「島からの連絡では、敵艦隊はまだ現れていないそうよ。帝国軍は、バシュワ島を目指して、そこの残存兵力を再編成、南下する予定。私たちは、それに随行する形だけれど……霧を見つけたら、<らいこう>が前に出ます」

「<らいこう>を盾に使うのか?」

「盾というか囮というか。なんとか、敵艦とコミュニケーションを試みたいと思っています」


 すでに無名島が攻撃されているので、ここでガ=ダルガへの攻撃をすることは可能。集団的自衛権の解釈範疇ということで、国会の承認も出ている。何事に付けても判断や処理の遅い永田町・霞ヶ関界隈にしては、今回は対応が早い。

 我が国の領土が攻撃されたということで、国民世論も攻撃止むなしの声が大きいそうだ。その一部は、積極的にガ=ダルガを攻撃しろと言っている。もちろん、戦闘行為そのものに反対する勢力もある。


 ぶっちゃけ、許可はあるというものの、政府も国会も調整官わたしの判断に任せるということらしい。指示書を読んだ時には“丸投げじゃん”、と頭を抱えたが、ま、政治家に首を突っ込まれるよりは、まだましね。なので、指示が曖昧なことをいいことに、私は敵との交渉を行うことにした。本当は迫田さんがいれば心強いのだけれど。

 あ、クレアも乗っていたわね。交渉時には、彼女の力も借りましょう。


□□□


 バシュワ島では、艦隊の悲惨な状況を目の当たりにすることとなった。


 帝国艦隊の受けた被害は報告書で見ていたけれど、数字で見るのと実際に目にするのでは、衝撃度が違った。良く航行できたなと思える様な船ばかりで、私は言葉を失った。多くの海上自衛隊員も少なからず衝撃を受けたようで、<らいこう>の艦内は、沈痛な雰囲気に包まれた。

 そんな中、サリフ皇帝は、艦隊の惨状を目の当たりにしても落ち込んでいる様子はなかった。むしろ普段よりキビキビというか活き活きしているようにも見える。自ら陣頭に立って、艦隊の再編に精を出している。戦場での経験が違うのか。


「敵艦隊への対策は、何かお考えですか?」


 帝国と自衛隊で行った打ち合わせ会議の場で、私は皇帝に聞いてみた。


日本きみらの歴史を参考にしようと思う」

「具体的には?」

「空爆だよ」


 敵艦隊の姿を隠している霧は、海面から20~30メートル程度だから、翼竜たちを使えば霧のない上空に出ることは可能だ。そこから、霧の中の艦艇を見つけ出し、翼竜に乗った魔法使いたちが攻撃するという作戦らしい。そのために、訓練もしてきたという。


「でも、見つけられなかったら?」

「“絨毯爆撃”というものがあるそうじゃないか。兵の負担にはなるが、そのための準備もしているぞ」


 絨毯爆撃、つまり相手の位置を特定せず、広範囲に爆撃を行うということか。たしかにそれなら、ファシャール帝国こちら側に被害を出さず、敵を打破できるかもしれない。さすがに戦い慣れしている、とでも言うべきか。

 だけど、攻撃を仕掛ける前に、停戦交渉の努力は放棄したくない。


「陛下。私からご提案、というかお願いがあります」

「なんだ、申して見よ。サクラの話ならいつでも大歓迎だ」

「(そういうことじゃなく……、)オホン、帝国が攻撃を開始する前に、自衛隊わたしたちに時間をくださいませんか?」

「どういうことだ?」


 私は、艦隊の前に出て敵艦隊との交渉を試みたい、と皇帝に直訴した。迫田さんたちからの報告内容も伝える。ガ=ダルガでは和平派が主導権を握り、新たな敵戦力の増強はないし、物資の補給もないはず。

 その話を聞いて、皇帝は腕を組み、少し考える様子を見せた。


「構わん。構わんが、お前たちが攻撃される可能性が高いぞ。それも承知だろうが」

「えぇ、十分に理解しています」

「お前たちが交渉している間も、帝国われわれは攻撃の準備をするぞ」

「もちろんです」


 うーん、と唸った皇帝は、ひとつの提案をしてきた。


「それならば、お前たちとの連絡を密にする必要がある。お前たちの持っている“通信機”を使わせろ。帝国艦隊全部に、だ」


 以前、皇帝には通信機を貸し出したことがある。王国にも通信機を設置しているし、提供は問題ない。皇帝は、艦隊の通信ネットワークを構築せよと言っているのだ。


「今回の戦いに限り。一時的であれば、全艦に通信機を設置しましょう」

「うむ。それでよい」

「終わったら回収しますからね、絶対に」


 実を言えば、海上自衛隊からも通信の必要性を言われていて、そのための可搬式通信装置も持って来ている。問題は電源だけど、ソーラーパネルで大丈夫よね。


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