吸血鬼的外交手法

【迫田視点】


「艦隊の第一陣は、すでに出発した」


 ディナ氏族長、ガイ・アズの言葉は、想定していた最悪のパターンというわけではが、悪い方から数えた方が早いことは間違いない。今、打てる手をすばやく考えた私は、慌ただしく指示を出している氏族長に尋ねた。


「先ほど、“議会”とおっしゃいましたが、どのようにされるおつもりですか?」

「……全氏族に侵攻の中止を求めるのだ」


 氏族長は一瞬躊躇う様子を見せたが、説明してくれた。


これまでに判明している通り、ガ=ダルガは複数の氏族からなる共同体であり、全体の方向性は“議会”(正確には“評議会”らしい)が決める。議会を構成するのは、ガ=ダルガで中心的役割を果たす七氏族だ。元々、進捗状況の確認のため、三日後に議会が開かれる予定だったという。ただし、現在集めている兵力は議会の会場ではなく、ゲハルトという港――バウ氏族に従うフルー氏族の港――に向かう予定だった。そこから船に乗り、帝国の島々を占領していくつもりだったのだろう。

 しかし、帝国に向かうはずだった兵力を議会に向ける、それは叛乱とか武力革命なのではないだろうか?


「儂らは、謀られたのだ。これは正当な抗議行動だ」


 ガイ・アズが言うには、バウ氏族が『グ・エンを拉致した帝国が、娘を無事に返す代わりに従属せよと言ってきた。もう戦うしかない』と、各氏族を煽ったのだという。平和を望んでいたディナ氏族としても、氏族長の娘が人質に取られたとなれば「開戦止むなし」の声が強くなってしまった。否定的だったディナ氏族が賛成に回ったことで、議会は帝国との戦争にGOを出したということか。まぁ、全部バウ氏族の真っ赤な嘘だった訳だが。


「議会で“帝国との開戦宣言”の取り消しを求める。認められなければ……」


 グ・エンは平和的だと言っていたが、どうしてどうしてディナ氏族も好戦的な面があるな。


「氏族長。その議会に、我々も同行して構いませんか?」

「構わん。というよりも、お前……貴殿らは証人として付いてきて欲しい」


 その言葉を聞いて、ルースランが氏族長に尋ねた。


「議会に我々をということですね?」

「ん? あぁ、そういうことだな」

「では、『我々と伴に議会に入ってくれ』とおっしゃって戴けませんか?」


 氏族長は怪訝な顔をしつつも、ルースランの言葉に従って我々を招いてくれた。これで心置きなく議会に入ることが出来る。別段、招かれなければその家に入れないという訳ではないのだけれど、招いてもらった方が抵抗感なくというか、吸血鬼としての力が十分に発揮できるという感覚がある。吸血鬼特有の感覚だ。家や家族、仲間を護りたいという感情の裏返しなのかも知れない。


 とりあえず、私とルースランは氏族長に付いていくとして。


「ゲラン、<らいめい>への連絡を頼めるか」

「おう、もちろんだ」

「ゴダ、君にも行って欲しいのですが、ゲランと一緒に」

「な、なんでだよっ!」


 ゴダが、青ざめた顔で抗議する。


「いや、ゲランは議会の場所を知らないからね。君に道案内を頼みたい」

「そんなの、他の奴だっていいだろ!」

「ゴダ、彼らを知るお前が適任だ。行ってこい」

「氏族長ぉ~」


 ゴダは、情けない声を出しながら拒否の姿勢を見せるが、氏族長の行ったように彼が適任だ。しかし、道案内の何が嫌なのだろう? ふむ。いずれ何かの形で彼に報いなければいけないな。


□□□


 陸上自衛隊の観閲式を見たことがあったが、装備はともかく迫力はこちらの勝ちだろう。なにしろ、一般的な日本人よりも一回り二回り体格の良いガ=ダルガ人が、集団で行進しているのだ。氏族長によれば、歩兵五〇〇〇、重歩兵二〇〇〇、騎獣兵三〇〇〇、工作兵および補給兵を合わせ総勢一万二〇〇〇以上もの兵力だ。これが帝国に向けられていたらと考えれば、多少遅きに失した部分はあるがまだ挽回のチャンスはあると思える。


「サコタ。飛んでいく方が早いのではないか?」


 私と同じく、騎獸に揺られるルースランがぼやいた。騎獸は大陸では見かけたことのない、ガ=ダルガ独自の獣だ。見た目は長い毛と二本の角を持ったバッファローで、ガ=ダルガ人を乗せても安定した走りを見せる強靱さを持っている。今は、(馬で言えば)常歩なみあし状態でゆっくりと歩いているのだが、上下に酷く揺れる。氏族長を始め、ディナ氏族の戦士たちは気にならないようだが。これが全速力で走る光景は、想像したくない。


「私たちだけ先行しても意味ないでしょう? 場所も知りませんし」

「それでも、あと三日もこうしていなければならないとは……」


 基本的に、吸血鬼はやすい。私は人間なので、その傾向は少ないが、純粋なるルースランはその性質を遺憾なく発揮している。そもそも彼がDIMOのエージェントになったのも、暇を持て余していたからだ。


「これだったらゲランに付いていった方が良かったよ」


 確かにそうかもしれない。ゲランのことは信頼しているが、調子に乗りやすいところが玉に瑕だ。特に、狼の姿になっている時には、理性のたがが外れやすい。ここに来てから、少し狼の時間が長すぎる気もする。一日くらい休養を取らせるべきだったか? いや、今考えても仕方ない。


「その三日のうちに、情報を集めようと思っています」

「仕事熱心なことだ。仕方ない、サコタ、君に付き合うよ」


 ちなみに、彼が私のことを名前ではなく名字ファーストネームで呼ぶのは、最初に会った時にファーストネームとファミリーネームを間違えてしまったからで、その時の習慣を今でも引きずっているだけだ。「和将かずまさ」よりサコタの方が言いやすいということもあるかも知れないが。


□□□


 議会の手前、目測で一五〇〇メートルほどの場所で進軍は停止した。そこから代表者のみが議会へ向かう。兵たちがいる場所には木が生い茂っているが、議会の周囲には木がなく、議会へと続く四本の石畳の道以外は、茶色い土が剥き出しになっている。

議会は直径三〇メートルほどの円形で、階段状に中心に向かって凹んでいる。周囲には何本かの柱(つなぎ目がないので魔法が使われたのだろう)が立てられ、円錐状の屋根を支えている。柱も屋根も白一色だ。


議会に向かったのは、ガイ・アズ氏族長とその補佐二名、護衛二名の計五人。獣の上で揺られていた三日間、情報収集と伴に氏族長と話し合って、議会での段取りも決めてある。私たちは、念のため彼らの影に潜り姿を消しておく。影の中にいても、周囲の音は聞こえるし様子もなんとなく分かる。


「遅いぞ、ガイ・アズ」


 議会の建物に近づくと、声が掛けられた。


「すまんな、出発前にちとゴタゴタしてな」


 ガイ・アズがあらかじめ招きの言葉を口にしてくれていたお陰で、私たちもすんなりと議会の中へ入ることが出来た。霧化しつつ、影を出る。議会には十数名(おそらく各氏族の代表だろう)がいたが、誰も私たちには気が付かない。


「ゴタゴタとは、何だ? 大陸侵攻に関連したことか? 聞かせてもらおうではないか」


 ガイ・アズの正面に、でっぷりと太った男が座っていた。その周囲に五人ほどの男が集まっている。あれが、前のバウ氏族長クゥ・バウか。


「話すとも。皆に関係する話だ。これを見よ」

「なんだ、その板切れは?」


 ガイ・アズが高々と差し出したタブレットの画面は、暗いままだ。

彼の耳元で(タップしてください)と囁くと、ガイ・アズは慌ててタブレットを操作し、再び差し出した。


「おおっ!」


 タブレットを覗き込んだガ=ダルガ人から、驚きの声が漏れる。そこには、グ・エンの姿が映し出されていたからだ。そして、タブレットの中の彼女はゆっくりと、これまでのいきさつを語り出した。ガイ・アズを説得するためにと撮ってきた動画が、こんなところで役に立った。


「見よ! 我が娘、グ・エンはこうして生きておる。『帝国に捕まりなぶり者にされている』というバウ氏族の言葉は、すべてが偽りであった! さぁ、クゥよ、どう釈明する!」


 バウ氏族は、グ・エンが帝国に捕らえられたと言って、他の氏族を戦争に巻き込んだ。それが嘘偽りであったことが分かれば、ガ=ダルガの方針も変わる。そう、ガイ・アズは言っていたが、そう甘くはないだろう。


「それがどうした?」


 案の定、バウ氏族の氏族長名代は、ガイ・アズの指摘にも動揺を見せなかった。それどころか、あざけるような視線を彼に向けている。


「すでに戦端は開かれた。もう後戻りはできんよ」

「いいや、まだ間に合う。高速船を出し連れ戻せ。もしくは、帝国に対しすぐに和平交渉をすればよい」


 クゥ・バウは、ガイ・アズの提案を笑い飛ばした。


「ははははっ。すでに計画は動き出しておる。このようにな」


 クゥ・バウが右手を高く上げると、議会の周囲に人影が現れた。伏兵だ。その手には筒のようなものが握られている。地球人わたしたちには馴染みのある――小銃に見える。


「ディナ氏族の兵が海に出てから行動を起こすつもりであったが、まぁよい。早いか遅いかの違いだけだ」

「きさま! 議会に護衛以外の兵を連れ込むなど!」

「古い規律はここまでだ。新しい規律は我々バウ氏族が作る。それとも、我らが新兵器の威力を体験してみたいのかな?」


 これは、見過ごせない状況だな。


「がっ」

「うげっ」

「ぐはぁ」

「な、なんだっ!」


 議会の周囲に配置されていたバウ氏族の兵士が、バタバタと倒れていく――私とルースランが彼らの背後に廻りこみ、死なない程度に精神力を奪っていったからだ。


「さて、クゥ・バウ。これで形勢逆転だな」

「ガイ・アズッ! これは貴様の仕業かっ!」

「いいえ。彼ではありません」


 私とルースランは、クゥ・バウからガイ・アズを護るように実体化した。突如として現れた二人の男に、バウ氏族の男は驚愕の表情を見せた。


「日本国外務省異界局の迫田と申します」

「ニ、ニホンだとっ! 不審者めっ!」


 クゥ・バウが、背後から隠し持っていた小銃らしきものを取り出した。


「くたばれっ!」


 プシュッ! 小さな破裂音と伴に私は胸に衝撃を受けた。しかし、それだけだ。元々、吸血鬼となって身体能力が上がっているだけでなく、タクティカルギアの防弾能力が十分に機能したのだ。

 (彼らにしてみれば)最新の兵器が、まったく役に立っていないことにショックを受けたのか、クゥ・バウは奇声を上げながら小銃で殴りつけてきた。しかし、その攻撃は、私には届かなかった。


「すまん。道に迷って遅くなった」

「いや、ゲラン。ある意味ナイスタイミングだ。とりあえず、その男の背中を踏んづけている脚をどけてあげてくれないか?」


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