霧の艦隊

「“霧の艦隊”?」

「えぇ。そう呼ばれています」


 無名島と<ノルム>が攻撃されてから三日ののち、ガ=ダルガのものと思われる艦隊の目撃例が報告されている。戦争が避けられなかったという悔しい思いと、無名島ではひとりも負傷者がでなかったという安堵がせめぎ合う。


「敵の艦隊が確認される直前、霧が発生するからだそうです」


 霧の艦隊――霧の中に何隻いるのか分からないが、垣間見える船影から判断すると、大小合わせて三十隻以上と考えられていた。分からない、ということは恐怖を生むのよね。


「迫田さんたちから連絡は?」

「今のところはありません。予定通りなら、あちらに着いたばかりかと」


 遅かった、行かせなければよかったとも思う。いまさらだけど。せめて、無事で帰ってきますように。


「帝国は?」

「現在、サリフ皇帝が不在のため、エバ皇后が陣頭指揮に当たられていますが、連絡員からの報告では皇宮内でもかなり混乱が見られるそうです」


 あー、皇帝陛下、間に合わなかったか。エバさん、内政は強いけど、戦争とか苦手って言ってたもんなぁ。あまり干渉するのもいけないと思って控えていたけど、フォローのために

アドバイザーを派遣しておけば良かったかも。今更だけど。


「それでも、新造艦を含む十五隻が出港の準備中とのことです。残念ながら、旗艦となる予定の<プリムズ・エバ>は艤装が間に合いませんが」


 折角建造した<ノルム>はボロボロで、負傷者が多数でている。死者が出なかったことが、せめてもの救いだ。だけど<ノルム>が攻撃されたことで、帝国は少し過剰反応しているようにも思える。さすがに十五隻を建造するには、時間がないように思う。もし、建造が間に合ったとしても、十五対三十……数の上でも装備の上でも分が悪いわ。なにしろ、建造が予定されている十五隻のうち日本の技術が入っているのは、僅かに二隻しかない。二隻で戦力差を埋めることは無理だろうことは、素人の私でも分かる。残りの船は、旧来の帝国艦に魔鉄鋼の装甲を追加した程度だし。それに、あちらが使った兵器も気になる。


「海自の沢渡一尉は、敵の兵器を目撃したんでしょう?」

「報告によると、何らかの方法で鉄の玉を打ち出したものと推測しています。砲弾は円錐形ではなく球形ですが、照準精度は高いようです」

「霧が出ていたのに?」

「沢渡一尉は、帝国が使用した魔法を探知されたのではと推測しています。実際、魔法の使用を止めた後、砲撃が止んだそうですから」


 つまり、ガ=ダルガ側は魔法を探知する能力があると……あれ? たしか、ヴァレリーズさんたちも『魔法の流れを感じることができる』とか言ってなかった? ビー君も、それで爆発物を見つけたんだし、全然関心を払ってこなかったけど魔法探知技術についても調べておかないと。


 自衛官からの報告を受けた後、私はテシュバートにいるグ・エンを呼び出した。通信環境が整ったので、蓬莱村とテシュバート間はオンラインの会議システムが容易に行える。都度、移動しなくてもいいのは、楽よね。


『ハァイ、サクラ。元気?』


 モニター越しのグ・エンは、最初に会った時よりもずいぶんと垢抜けた感じがする。というか、地球の文化に慣れすぎているような気がする。ゴダが側にいたときは、こんな感じじゃなかったのに。


「元気、とは言い難いわね。とうとう、始まっちゃったみたい」

『!』


 一部の関係者しかまた知らない事実を伝えると、モニター越しに見えるグ・エンの日焼けした顔がスーッと青ざめた。そもそも彼女は、こうした状況を回避するために来たのだ。それなのに。


『それで……被害は?』

「無名島は被害なし、帝国は新造艦が一隻大破ってところ。今、分かっているのはそのくらい」

日本あなたたちにも攻撃を仕掛けたの?! デラ・バウの鉢割れバカヤロウ!』


 彼女グ・エンも、大陸に来るまではガ=ダルガが帝国を一方的に蹂躙するだろうと思っていたそうだ。けれど、私たちに救助され、私たちの技術レベルを知って考えを変えた。日本が本気になれば、故郷ガ=ダルガはなくなると。もちろん、日本がそんなことするわけがない。できる実力はあったとしても。


「また何か情報が来たら知らせるわ。今日は、貴女に聞きたいことがあって連絡したのよ。鉄の玉を相手に向かって飛ばす武器のこと、知らない?」

『鉄の玉を飛ばす武器? ドーフ氏族がいろいろとやっている、っていう噂は聞いたことあるけど。鉄の玉かぁ。矢じゃないのよね?』


 矢? いいえ、矢じゃないわ。


『一度に何本もの矢を、それも連続で放つ武器なら見たことがあるわ。結構大きかったから船に載るかどうかは分からないけれど。でも、ごめんなさい、鉄の玉を飛ばす武器のことは聞いたことがないわ』

「いいのよ、謝らなくても。たぶん、秘密兵器ってことなんでしょうね」


 グ・エンは、どうやら兵器については詳しくないようだった。グ・エンとの通話を切ったあと、私は上岡一佐と御厨教授に連絡し、謎のガ=ダルガ兵器に対処する方法を検討してもらうことにした。私は兵器や戦術・戦略に詳しいわけじゃないもの。


 “ザ・ホール”の向こうで、『違う世界の争いに干渉するな』という声があることは知っている。でも、自分たちが安全だからって、何もせず大勢が苦しむのを見ていることなんてできない。それに、私たちが安全と思っているだけなのかもしれないし。それが、異世界ってものでしょう?


□□□


「アサミ調整官はこちら?」


 ノックもせずいきなり部屋に入ってきたのは、DIMOエージェントのロバートソンさんだった。


「いたわね。これを見て」


 彼女が差し出したタブレットには、リストが表示されていた。受け取ったタブレットをスワイプしてスクロール……なにこれ。


「えっと、ミズ・ロバートソン……これは何?」

「見て分かりませんか? DIMOが提供できる物資のリストですよ。あ、英語では分かりませんか?」

「いえ、それは表題に書かれているので分かりますが」


 私だって、このくらいの英単語は読める。そこが問題じゃない。


「“weapons”……DIMOは何をするつもりですか。特にこれ、“napalm”って」

「爆発的な酸化反応は抑制されますが、ゆっくりとした燃焼は異界こちらでも有効なはずです」

「そんなことを言っているのではありません。これを観る限り、DIMOが支援するからガ=ダルガを攻撃しろと言っているように見えるのですが?」


 ロバートソンさんは、イライラとした表情を各層ともせず、私の机の前に立って私を見下ろす。なに、このプレッシャー?


「そこまでは言っていません。これは、エージェント救出作戦のためです」

「救出?」

「あのね! サコタ……とDIMOのエージェントが敵地に取り残されているのよ!? なんで、すぐ救出に向かわないのですかっ!」

「え、えーと。少し落ち着きましょう」


 私は、執務をしていた机を離れ、彼女にソファを勧めた。私は、ローテーブルを挟んだ向かい側に座る。別に彼女を立たせたままでも良かったのだけれど、こうして少し時間を稼いで冷静になる余裕を作ったの。効果はあったみたい、相変わらず鋭い目つきでこちらを睨み付けているけれど、先ほどまでの勢いはなくなっている。よかった、話は出来そうだ。


「ロバートソンさん。まず、第一に日本われわれはガ=ダルガに攻め込むつもりはありません」

「どうして? 無名島が攻撃されたのでしょう? 自衛という大義名分は立つはずよ」

「大義名分って……も少しオブラートに包んでください。あのですね、このリストにあるような(<ハーキュリーズ>20体って、なんの冗談?)ものを使ったら、日本が大量虐殺のそしりを受けかねませんよ。いえ、まだ私が話しています。それに、これらを運ぶ手段がありません。<らいめい>はガ=ダルガ近海で待機、<らいこう>は“霧の艦隊”を補足するために南下中です。引き返させるとしても、ガ=ダルガに向けて出発できるまでに数週間かかりますよ?」

「帝国の艦艇ふねがあるでしょ?」

「帝国でも動かせる船は、現在出航準備中だと報告がありました。そこに今からねじ込むんですか? 帝国あちらも混乱しているというのに?」


 バン!

 いきなりロバートソンさんが、手の平で自分のももを叩いた。そして、その手で顔を覆い隠しながら叫びだした。


「じゃぁ、どうするのよ! サコタが取り残されているのよっ! 貴女、なんとかできるでしょ! なんとかしなさいよっ! うぇぇっ~っ!」


 慌てて彼女の隣に移動して、肩を抱くようにしながら慰める。彼女が落ち着くまで、少し時間が掛かったけど、なんとか話ができるレベルになった。


「ヒック……どうして……ヒック……貴女は……ぐしゅっ……そんなに、落ち着いていられるのっ……ウウッ」


 そーねー。よく“可愛げがない”って言われるわ。それに、他の人が泣いたりすると、逆にどんどん冷静になっちゃうのよねぇ。


「あのね、ロバートソンさん、良く聞いて。私も彼らのこと、心配していないわけじゃないのよ。でもね、彼らは自分たちの力で窮地を切り抜けられる――いいえ、きっとこの戦争を終わらせるようにガ=ダルガあっちでなんとかしてくれるって、そう信じているの」

「信じて……る?」

「うん。信じてる。彼らならやってくれる。無事に帰ってくるって約束したしね」


 私が差し出したハンカチで涙を拭ったロバートソンさんは、はぁっ、と大きなため息をついたあと、私の方に向き直った。その目は、さっきのような鋭さはなくなっていた。


「ごめんなさい、取り乱しました。それに少し勘違いしていたみたい」

「いいんですよ、ロバートソンさん」

「クレア」

「え?」

「クレアって呼んでちょうだい。私もサクラって呼ぶことにするわ」


 えーっと、なんでしょうか、この展開。外人さんって、本当にこんな風に言うのね。


「わかったわ、クレア」

「ありがとう、サクラ。一緒に信じて待ちましょう」


 彼女が差し出した右手を、反射的に握ってしまった。私の手を強く握り返すクレア。


「今後もフェアにやりましょう……でも、負けないから」

「はぁ」


 彼女が言った意味をよく理解できないのだけれど、まぁ、納得してくれたならそれでいいか。ほかに問題が山積みだし。


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