ガ=ダルガ艦隊、襲来


【無名島】


 大陸南方にあって日本が領土とした無名島には、開発が進められて現在では空を監視するレーダーと海上観測用の海面レーダーのふたつが設置されている。将来的には、ライダーなどの観測機器も追加で配備される計画だ。


その日、夜も明けきらぬ早朝に、レーダーが大きな影を捉えた。大陸のある北側ではなく、南から来るそれは未確認機アンノウンとして直ちに警報が鳴らされた。


 無名島の管理を任されている村瀬一等海佐は、島の防衛機能を最高レベルまで引き上げると同時に、テシュバートならびに蓬莱村へ通信を送った。タイミングが悪いことに、<らいめい>は秘密任務で不在、<らいこう>はテシュバートからこちらに向かっている最中だが、到着までにはまだ時間が掛かる。無名島は、自らの力で防衛に臨まなければならない。村瀬はパンと手を打ち鳴らし気合いを込めた。


「島民の退避は?」

「あと五分で完了します」


 早朝であったことが幸いし、島民――自衛隊員を除く民間人――はすばやく待避壕へ移動できそうだ。


「こちらの配置は?」

「超伝導磁気投射砲、準備ヨシ」

「高出力レーザー発振器、準備ヨシ」


 島の東西南北それぞれの端には、自衛隊が独自に開発し運用している小口径の一型と、米軍から技術供与を受けて開発された(本来は艦艇搭載用の)大口径の二型、二種類の超伝導電磁投射砲レールガンが配置されている。アメリカが開発していた大口径レールガンは、発射時の熱問題によって開発を断念した経緯があるが、異界こちらでは魔石に風魔法と水魔法の回路を組み込むことでこの問題を解決、基地防衛用大口径レールガンの実用化に成功している。

 レールガンが長距離、レーザーが中距離の防衛を担い、近距離に対しては王国と帝国の魔法使いが準備している。この世界においては、ほぼ鉄壁の護りと言っても過言ではない。敢えて問題点を挙げるとするならば、レールガンやレーザーを使用すると、干渉などによって観測用レーダーに空白ができてしまうことだが、その影響も数秒から数十秒のことなので弱点ウィークポイントにはなり得ない。


 しかし、できうるならば兵器の使用は避けたいと、村瀬は思っていた。それは、日本政府の意向でもあるし、阿佐見調整官の願いでもある。


「念のため、ドローンも発進させろ」

「了解」

「所属不明機、我より距離三○○○」


(撃ってくれるなよ)


 村瀬は祈る気持ちで、レーダー画面を見つめる。専守防衛は、日本の国是だ。だが、こちらから攻撃を仕掛けなくても、先に相手から攻撃されれば自衛せざるを得ない。無名島には、大勢の民間人も暮らしているのだ。


「レーザー通信用意」

「準備ヨシ」

「照準を不明機アンノウンに合わせ、固定」

「照準、固定します」


 幸い、風も弱く晴れ渡っている。レーザーを阻害するエアロゾル(空中を浮遊する微粒子)もほとんどない。一度照準を固定してしまえば、対象が移動していてもコンピューターが自動で計算し照準を合わせてくれる。


「よろしい。レーザー、照射」

「照射。照射ヨシ、追従ヨシ」


 このレーザーは、攻撃用ではない。レーザーを対象に照射、無理矢理振動させることで内部にこちらの声を届けるしかけだ。異界この世界では、風魔法によって音声を届ける方法もあるが、レーザーの方が遠くまで届く。村瀬は、マイクを手にすると、アンノウンに対し警告を発した。


「所属不明機に告ぐ。貴艦は日本国領空を侵犯している。直ちに引き返せ。繰り返す……」


 警告を三回、繰り返し伝えた。相手がどのような言語を使用しているにせよ、日本語が自動的に翻訳されることは、すでに確認済みだ。

しかし、そのまま五分ほど経過したにも関わらず、アンノウンの動きに変化はない。そのままゆっくりと、無名島に向かって進んでくる。


「距離一五○○」

「画像、出ます」


 オペレーターの言葉と伴に、望遠で捉えたアンノウンの姿がモニターに映し出される。巨大な気嚢きのうは、地球で一般的な円筒形ではなく横に広いつぶれた楕円形で、その下にあるゴンドラから機体の左右に推進機(プロペラ)が配置されている。ウルジュワーン内乱の際に現れたという飛行船に似ているが、それよりも大きい。


 余談だが、ウルジュワーン沖で墜落した飛行船は、<しんりゅう>のテストを兼ねた潜行で、その残骸の引き上げに成功しており、ゴンドラはフレームを除きほぼ木製、推進機関は蒸気機関であることが判明している。また、グ・エンがもたらした情報でも、それが裏付けされている。


 こちらに真っ直ぐ進んでくる飛行船をモニター越しに確認した村瀬は、部下に指示をだした。


「仕方ない、威嚇の発砲を許可する。二型超伝導磁気投射砲を使え」

「了解。第二および第三砲台、射撃準備」

「準備ヨシ」

「威嚇発砲、今」


 槍のような鉄の塊が、電磁気の力によって空中に射出される。二本の槍は、光の帯を空中に描きながら飛行船の両脇、二十メートル離れた空間を切り裂きながら飛び去った。それだけで、飛行船は大きく揺さぶられる。

 だが、飛行船の進路に変化は見えない。それどころか、飛行船から赤く燃える火の玉が島に向かって放たれた。


「アンノウンより発砲。火属性、火炎弾と思われますが、途中で消滅しました」

「風魔法の障壁が、良い仕事をしているな」


 しかし、状況は逼迫している。こちらからの警告に対し、あちらが明らかな敵意を持って攻撃を仕掛けてきた以上、なんらかの対抗策をとる必要がある。今はたまたま被害がないだけ、かも知れない。自衛の要件は満たしているが……村瀬は逡巡する。


「距離、一○○○を切りました!」


 飛行船からの攻撃は続いている。今は、魔法によって防御されているとはいえ、突破されないという保証はない。あるいは、短距離射程の強力な武器を搭載しているのかも知れない。

じっくりと考える時間の猶予は、ない。そう決断した村瀬は、ついに命令を下す。


「現時刻をもって未確認機アンノウン対抗勢力エネミーと認定、全島に通達せよ。これは訓練ではない」

「各部署に通達、通達ヨシ」


 既に、この状況を想定し、コマンドひとつで島全体に通達されるよう準備されている。


「第二砲塔、飛行船の推進機を撃て。ただし、あのでかい気嚢には当てるなよ。あれは水素が詰まっているそうだからな」

「了解」


 グ・エンからの情報によれば、ガ=ダルガの飛行船は水素を用いて浮かんでいるという。地球では、ヘリウムなど可燃性の低いガスを使っているのだが、彼らは水素の危険性に気が付いていないのか、はたまた気が付いていても代替のガスを作ることができないのか……いずれにせよ、うかつに砲撃をすれば大惨事を招く。敵とはいえ、人的被害はできるだけ抑えたい。自衛隊には、それだけの能力があった。


「第二砲塔、射撃開始します」


 超伝導電磁投射砲から、弾丸が放たれる。電磁気で加速された金属の弾は、凄まじい勢いで敵飛行船の推進機を撃ち抜いた。兵器の精度だけではない、練度が高いからこそ可能な射撃だ。


「飛行船からの攻撃、停止」


 攻撃だけでなく、残った片方の推進機も停止させた飛行船は、ゆっくりと速度を落としていく。船体後方から噴き出しているのは、蒸気だろうか?


 そうして二分ほど経過した頃。


「飛行船、動きます」


 残された推進機が動き、飛行船はその場で回頭しはじめた。やがて、島に背を向けると、南に向かって進み始める。


(片舷だけで、よくやる)


「飛行船、監視領域から外れます」

「通常警戒態勢に移行します」


 三十分後、飛行船が島から十分離れた時点で、警戒が解除された。指令室の全員が、ほっと胸をなで下ろす。


「今回は、強行偵察というところか? 本格的な侵攻ではなかったようだが」


 村瀬は、部下に聞こえぬよう小さく呟いた。



【帝国南方海域】


帝国南方 およそ300キロメートルの海域を、一隻の艦艇が波を蹴って進んでいた。

ファシャール帝国軍所属、戦闘艦<ノルム>。日本の技術協力を得て新たに建造された、全長160メートルの軍艦である。ガ=ダルガまでの遠征を念頭に設計された、帝国初の遠洋航行が可能になっている。地球であれば、巡洋艦と呼ばれることになるだろう。

 建造直後のテスト航行では<らいこう>が随伴したが、現在は<ノルム>単艦で、偵察任務を兼ねた習熟訓練航行を行っている最中であった。


 アドバイザーとして<ノルム>に同乗していた海上自衛隊の佐渡一等海尉は、出航以来<ノルム>の乗員たちに質問責めに辟易し始めていた。

これまでのファシャール帝国の艦艇は、基本的に風や風魔法を使う帆船か、人力を用いて進む方式たがが、地球の技術が導入された<ノルム>では、電動モーターとモーターで回転するプロペラによって進む。ただし、帆船としての機能も残されており、二本のマストを持っている。モーターが駆動していなくとも、風の力で航行が可能になっているのだ。

その一方で、操舵方法や運用方法が大きく変更されたため、帝国軍人が戸惑う場面も少なくなかった。そのため、艦内で唯一の日本人である沢渡一尉に質問が集中してしまうことになった。だが、技術士官ではない彼に詳しい技術の説明ができるはずもなく、やや目標を見失っているような状態だった。


「お疲れ様です」

「あ、すいません。いただきます」


 ファシャール帝国から半ば無理矢理押しつけられた形の、女性士官ウーナが佐渡に紙コップを差し出した。ほのかに湯気の立つ中身は、緑茶である。帝国では、日本から持ち込まれた茶葉の栽培が始まっているらしい。

 緑茶を啜りながら、艦橋が少し広すぎるなと佐渡は思った。基本設計は従来の帝国艦のまま、伝令・通信装置など日本の技術を取り入れたため、広く感じるのだ。時間がなくてそこまでは手が回らなかった。他にも、レーダーやレーザー発振器など、間に合わなかった装備も多い。そうしたハイテク装置の技術移転に、政府与党の一部と野党が難色を示しているためだとも言われている。


「レーダーは兵器じゃないんだけどなぁ」

「何かおっしゃいましたか? サド様」

「いや、別に。というか、前にも言いましたが“様”は止めてください。せめて“一尉”と」

「サワタリイチイ様?」

「佐渡一尉、です」


 こりゃだめだと沢渡が肩を落とした時、艦橋内が少しざわつきだした。


「どうしました?」

「霧が、前方に霧の塊が発生したようです」

「霧? なぜ今?」


 霧や靄といった現象は、海面温度と気温の差によって起きる現象だ。冷たい海面に暖かい空気が触れたり、逆に温かい海流に冷たい空気が流れ込んで来たりした場合に発生する。今のように海水温度も気温も落ち着いている場合、霧が発生するとは考えにくい。もっとも異界こちらの気象が、自分たちの世界と同じとは限らない。佐渡はウーナに、こんな時間に海で霧が発生することがあるのか尋ねた。


「いいえ、私も漁師の娘ですが、このような時に霧がでるなんて、聞いたことがありません」


 もしも、この日の早朝、無名島を飛行船が襲ったという事実を彼らが知っていれば、その後の対応は変わっていたかも知れない。だが、無名島からテシュバートに送られた情報が帝国に、さらにはこの艦まで届くのには半日ほどのタイムラグがあった。


「動力停止、針路そのまま。風属性魔法が使える者は、前方の霧を風で吹き飛ばせ」


 <ノルム>艦長の判断は、正しく思えた。前方の甲板に魔法使いが集結し、風魔法を使って霧を吹き飛ばし始めた。


「ん? なんの音だ?」


 風魔法が引き起こす風の音よりも、少しだけ高い音が甲板にいた者たちの耳に届いた。その音は徐々に大きくなり……ドガッ! 突如として、甲板の一部が弾き飛ばされた! 


「なにごとだっ!」


 艦長が、状況を把握しようとする間にも、船体の一部が弾ける。何が起きたのか、


 「砲弾だ! 霧の中にいる敵から砲撃されているぞ!」


 砲撃されれば当然爆発が起きる。そんな先入観があったために判断が遅れたが、ここは異世界だ、爆発は起こらないことを沢渡一尉は思い出した。


「艦長! このまま砲撃を受け続けるとまずい! 艦を回頭して、この場から退避を!」


 日本の技術が導入されているとはいえ、<ノルム>は金属よりも木を用いた部分が多い。爆発が起きないとしても、砲弾で損壊した孔から浸水すれば沈没は免れない。


「分かった! 右舷全速、取り舵っ!」


 モーター駆動の利点は、いきなり最大出力まで回転数を上げられることだ。ただし、スクリューから伝わる抵抗のため、負荷は少なくない。

 艦は、左側に傾きながら前進を始める。砲撃は散発的に続いているが、艦が移動したことで命中率は下がった。


「甲板の魔法使いは何人残っている?」

「三人です!」

「風魔法で支援させろ」


 風魔法によって前方の抵抗が減り、艦の速度が上がった。


「よし、このまま……」


 再び艦に衝撃が走った。


 沢渡の頭の中に、ひとつの疑問が浮かんだ。この濃い霧の中、相手はどうやってこちらを見つけているんだ?


「艦長、魔法を、魔法を使うのをやめて欲しい」

「なんだと? む、わかった。魔法使いを下がらせろ」


 魔法使いが魔法の使用を止めた途端、砲撃が止んだ。


「どういうことだ?」

「相手は、魔法でこちらの位置を判断しているようです。安全な海域に戻るまで、魔法の使用を控えてください」


□□□


 しばらくして、ようやく霧を抜けた<ノルム>の姿は、悲惨なものだった。マストは折れ、船体のあちらこちらに大きな穴が空いている。一部、浸水が始まっているため、全体が少し傾いている。もう少し砲撃が続いていれば、転覆は免れなかっただろう。相手が魔法を探知して砲撃していることに沢渡一尉が気付かなければ、あの場で轟沈していたかも知れない。魔法が当たり前の存在であるこの世界の人間にとっては、魔法を使わないという選択肢は思いつかなかっただろう。


 それにしても、モーターのある動力室に浸水しなかったのは、幸運だったと沢渡一尉は胸を撫で下ろす。


そのままなんとか航行を続けた<ノルム>は、途中で<らいこう>に救助され、テシュバートまで曳航されることになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る