ゴダの不安


【ゴダ視点】


 俺は、どこでなにを間違えてしまったのだろう。


 勝手に家を飛び出したお嬢を追い掛け、フルー氏族の連中を騙して大陸まで行ったのに、見つけたと思ったら凶悪な魔法使いに捕まり、日本とか言う訳の分からない連中にあれやこれや聞かれ、挙げ句の果てに本来護るべきお嬢を大陸に残したまま、ガ=ダルガに戻り。そして今、獣の背中に乗って暗闇の中を疾走している。しかも、この獣、ついさっきまで人間だったのに!


 もう一人も小さな獣になって空を飛んでいったし、俺の後ろにいるサコタとか言う奴は、背中に密着しているはずなのに体温を感じない。日本人は、異世界人はみんな化け物だ。こんな奴らがいる大陸に、戦争を仕掛けるなんてバウ氏族もおかしい。

いや、むしろ大陸に化け物たちこいつらがいることを知れば、バウ氏族の氏族長、デラ・バウも戦争を止めるかも知れない。止めなくても少しの間、先延ばしにするかも知れない。

 最初、協力を求められた時、すごく迷った。でも、お嬢に『島に戻って父――ディナ氏族の氏族長に状況を説明して来て』と頼まれてしまった。だからこうして戻ってきたのだけれど、その判断は間違っていたかも知れない。こんな化け物たちを氏族長に会わせていいのか? あぁ、思考がグルグルと回って気が狂いそうだ。


「方向は、間違っていないな?」


 化け物――サコタが聞いてくる。ビュウビュウと風を切る音が耳元で鳴っているのに、こいつの声は明瞭に聞こえる。というか、頭の中で響く。えぇい、もうどうにでもなれ。


「この道でいい。もうすぐ、ちいさな家が見えるはず」


 獣――狼というのだそうだ――が走っているのは、島の中央へと繋がる白街道だ。街道沿いに点在する家がある。ディナ氏族に好意的な氏族の係累だから、俺が行けば拒否されることはないだろう。家で一息付ける……そう思った俺が甘かった。

 家が見えたと思ったら、狼は止まること無くその家を横目に走り続けた。おいおい、止まって休憩するんじゃないのか? 島についてから、もう結構走っているぞ? 俺に荷物に男一人を乗せて、なんで体力が続いているんだ? やはり化け物だ……。


 東の空が、徐々に明るくなり始めた頃、俺たちは街道を離れて森の中へと入った。二人の男を乗せた狼に遭遇したら、誰だった驚いて騒ぎになるだろうから。森の中でも、狼はビュンビュンと走っていく。木立にぶつからないかと、ビクビクしながらしがみついている俺は、傍から見たら情けないだろう。お嬢には見せられない。


 陽が傾き掛けた頃、の近くにある森に入ってから、ようやく獣に乗って走る度は終わった。なんて速さだ。ドーフ氏族が開発したという蒸気で走る馬車より速いかもしれない。

狼の背から降りると、膝がガクガクと震えた。くそ、情けない。


「ごくろうさん」


 狼から人間に戻った男に、サコタが声を掛けていた。途中、2回休憩しただけでここまで走ってきたのに、疲れた表情も浮かべていない。


「いや、さすがに腹は減ったぞ」


 俺が見つめていると、まるで心を読んだかのようにゲランはバッグからシリアルバーというものを出して中身を食べ始めた。森の中で小休憩した時に俺も食べたが、木の実となにか甘い物を固めて作った食べものだ。テシュバートの飯も美味かったが、あのバーもうまい。氏族長への土産に追加してもらおうか?


「ディナ氏族の家で間違いなさそうだ」


 今度は、ルースランとかいう男が空から降りてきた。こちらも獣から人間の姿に戻っている。


「中の様子は?」

「なにやら騒々しかったな」

「何かあったのか……しかし、ここで待っているわけにもいかないな。ゴダ、頼めるか?」

「あ、あぁ」


 先に俺が家に戻って、彼らを招く算段になっているんだが……やっぱり、この化け物じみた男たちを家に入れていいものかどうか、そんな不安が再び大きくなる。でも、サコタの言う通り、ここで待っていても何が始まるわけでもない。俺は、彼らと別れて家に向かった。森を出る前、サコタに「画像と音声はこちらでもモニターしているから、何かあったら声に出して『入ってくれ』と言って欲しい」と言われたが、なんのことだ? この胸に付けた装飾品が何か関係するのだろうか?


 しばらく歩くと、家の外壁が見えて来た。懐かしい我が。所々に松明の灯りが見える。あれ? いつもより多くないか?


「止まれ!」


 家に入る手前で呼び止められた。今までこんなことなかったのに、何が起きている?


「俺だ、ゴダだ!」

「ゴダ? ゴダだと? ……本当だ。おい、氏族長に伝えろ」


 俺は、見張り役の男たちに両脇を挟まれ、氏族長の前に連れて行かれた。もっとやっかいな手続きが必要なのかと思っていたから、こうして氏族長に直接会えたことは幸運なんだけど、なぜか粗雑に扱われた気がする。顔見知りなのに。こっちは一日狼の背中で揺すられてクタクタなんだ。久しぶりに帰ってきた家族を、もう少し気遣ってくれてもいいだろうに。


 俺が連れて行かれたのは、氏族会議に使われる部屋だった。二十人は入れるほど広い部屋の、一番奥の壁を背にして氏族長が座っていた。久しぶりに見た氏族長は、なんだか少し歳を取ったように見えた。


「ゴダか? 本当にお前か」

「はい、氏族長。実は――」

「この、恥知らずめっ!」


 いきなり氏族長が激高し、俺をなじり始めた。恥知らずとはなんのことだ?


「グ・エンを助けると大口を叩いて飛び出したくせに、こんなことになるとは! お前に期待した儂が間違っておった」

「氏族長、あの……」

「えぇい、だまれ! もはや事態はお前の命くらいではどうにもならんところに来ておる! くそ、それもこれも……、バウの若造に良いように使われる日が来ようとは!」

「さっきから、何を……」

「目障りだっ! 誰か、こいつをつまみ出せ」


 氏族長の命令で、部屋の入り口に立っていた男たちが、両脇から俺を抱えるようにして引きずりだそうとした。俺は、反論の機会すら与えられぬまま、追い出されるのか? 俺は思わず呟いた。「入ってくれ」と。


「ありがとう、ゴダ。お招きにより参上した」


 突然、部屋の中に男の声が聞こえた。皆が一斉に声のした方向を向く。


「うぬっ! 何奴! どうやってここにっ!」

「くせ者だっ!」

「これは失礼。グ・エンさんのお父上、ディナ氏族長のガイ・アズさんですね。私は、日本国外務省異界局所属の迫田と申します。少々誤解があったようなので、それを解消するために罷り越しました」


 騒ぎを聞きつけてやってきた数名の戦士たちに囲まれても、サコタは涼しい顔をして立っている。


「怪しい奴め。おい、こいつを捕らえろ。殺しても構わん」

「はっ!」


 俺を連れ出そうとしていた二人の男が、サコタに掴みかかる。やめろ、だめだ、そいつは化け物なんだぞ! そう叫びたかったのに、なぜか声がでない。

案の定、男二人はサコタに指一本触れることなく、音を立てて床に倒れた。部屋の中に緊張が走る。男たちが武器を構え直した。


「やれやれ。こんなことはしたくなかったのですがね。暴力は何も生みませんからね」

「貴様、魔法使いかっ!」


 激高した氏族長が、立てかけてあった剣を握り、サコタに斬りかかった。サコタはそれを風のように避けた。たたらを踏む氏族長の背後に廻って、首の付け根を掴んだ。それだけで、氏族長は身動きが取れなくなる。サコタを囲んでいた男たちも、手を出せなくなった。


「お静かに。まずゴダ君から説明してもらいます。さ、ゴダ君。君の見てきたことを、氏族長にお話ししてください」


 テシュバートにいたときには、こんな力の片鱗すら見たことはなかった。俺は、とんでもない奴らを招き入れてしまった。でも、もう引き返せない。俺は覚悟を決めて、口を開いた。


「俺がここを飛び出した後、フルー氏族の船に潜り込んで大陸に渡しました。そこのテシュバートという港町で、グ・エンお嬢様と再会しました……」


□□□


 俺はこれまでのことを、氏族長に説明した。お嬢が日本に保護されていること、日本が俺たちより進んだ文明を持っていること、蒸気機関がもはや過去のものであること、などなと。緊張して、途切れ途切れになりながらも、すべて話した。

 最初は怒りで真っ赤になっていた氏族長は、次第に落ち着きを取り戻したようだ。サコタに掴まれて、固まったままだけど。


「あの、サコタ。もう氏族長を離してもらっても……」

「あ、そうですね。これは失礼しました」


 サコタが氏族長の首から手を離すと、氏族長は剣を床に落とし、どっかりと座り込んだ。それを見て部屋の中にいた戦士たちは、再び武器をサコタに向けた。


「よせ、お前たちも話を聞いていただろう。手を出すな」


男たちはとまどいながらも、それぞれの武器をしまった。しばらくの間、部屋の隅で焚かれている灯りが燃える音しか聞こえなくなった。


はぁ、と大きなため息をついた後、氏族長は俺の目を真っ直ぐ見て聞いてきた。


「グ・エンは、無事、なんだな?」

「はい。以前にも増して元気です」

「そうか……くそっ、バウの若造に謀られたか。サコタと言ったか。すまん、しばしの間待っていてくれ」


 氏族長は起ち上がると、戦士の一人に向かって命令した。


「至急、氏族に連絡。大陸への遠征は中止、だが、武装の準備はそのまま継続。兵を連れて議会に乗り込む。そして、グ・エンは生きていると伝えよ」

「はっ、直ちに」


 戦士のひとりが部屋から出て行くと、氏族長波再び部屋の奥、いつもの場所へ腰を下ろした。


「ゴダ」

「はいっ」

「少し遅かったかも知れん。第一陣の艦隊は、すでに出発した」


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