使いたくない手段でも
拘束したガ=ダルガの工作員に関して、ファシャール帝国と日本政府との間で軋轢が生じた。だって、情報を聞き出そうと拷問するなんていうから。
王国の都市とは異なり、ファシャール帝国では城壁を持たないことが多い。ここ帝都アリフダハーブにも城壁はない。その代わり、背後にそびえ立つ山と川が自然の防壁になっている。
ぼんやりととりとめのないことを思い浮かべながら、馬車の外を眺める。この地方にはあまり高い建物がなく、せいぜい二階建て。そのため、エバさんたちが住んでいる
私たちを乗せたハイテク馬車は、帝都のめぬき通りを警護の騎士たちと伴に進んで行く。途中で止まることもなく、スムーズに流れていく風景は王都のそれとは違う雰囲気だ。地中海の家々にも似たオレンジ色の屋根がそう思わせるのか。
できれはゆっくりと観光したいなんて思わせる。今は、皇宮でエバさんたちが待っているから無理だけど。
「平和、ですねぇ」
いつもと変わらぬ帝都の様子を見て、田山二佐が呟く。
「ガ=ダルガの侵攻は、一般国民には知らされていないからね」
「パニックを怖れて、でしょうか?」
「それもあるが、情報が不確かなまま流せば、民は不安を抱えたまま生活をすることになり、国内の治安に影響がでるだろう。エバ皇后は、統治に関しては慎重なのだと思う。もちろん、各国の代表たちには通知しているけれど、国民に知らせるのは十分に準備を整えてからになるだろうね」
迫田さんが田山二佐に説明している声をぼんやりと聞きながら、国民が知らないまま危機を乗り切る方法はないか考える。ひとつ、可能性の高い方法があることはある。<らいめい><らいこう>その他、日本の持てる防衛力をもって、ガ=ダルガに帝国との和平を結ぶよう
そうこうしているうちに、馬車は皇宮に到着した。私たちは皇宮の中庭で馬車を降りて、エバ皇后の待つ部屋へと案内された。
「通信問題ありません」
「ありがとう」
「こちらへ。エバ陛下がお待ちです。護衛の方はこちらでお待ちください」
田山二佐ともうひとりの自衛官は、前室で待機させられた。といっても、薄いヴェールのような布で仕切られているだけなので、大きな声を出せばすぐに駆けつけてくれるはずだ。
広い部屋の中では、エバさんとグードさん(今は宰相だ)が待っていた。
□□□
――休憩をはさみつつ、あっというまに四時間が経過した。あまり進展はない。ここまでで分かったのは、帝国が焦っているってこと。
「
「えぇ、ですから日本としては帝国内のスパイ摘発にも協力しましたし、これからガ=ダルガの偵察も行おうと準備中です」
「間諜の摘発に関しては、感謝しておる。じゃが、サクラの言う“偵察”とやらは、いつになったら実行できるのじゃ?」
無名島から気球による観測を試みたのだが、辛うじてガ=ダルガの海岸線が確認できる程度で、詳細の観測はできていない。無人機を投入してみたのだけれど、熱帯性低気圧の影響なのか、赤道付近で突発的に吹く暴風のせいで失敗。観測衛星を打ち上げられれば話は簡単なのだけれど、
「妾たちには、もう時間がないのじゃ。明日、
テシュバートと復興したウルジュワーンで、何隻かの戦艦が急ピッチで建造され、できあがったものから帝国領内の島々をパトロールしている状況だが、すべての島をカバーできてはいない。いつ、どこからガ=ダルガがやってくるのか分からない状況は、帝国にとって辛いことだろう。
「ですが、だからといって捕虜を拷問することは間違っています。暴力で聞き出した情報なんて、役に立ちませんよ」
「帝国にも拷問の得意な官吏がおる。彼らなら、どんなに口の堅い者からでも、正しい情報を引き出すことであろう」
あぁ、この会話を繰り返すのは、もう何度目だろう。私がさらに反論しようとした時、迫田さんが私の発言を手で遮って、エバ皇后に向かって言った。
「陛下。私からご提案がございます」
「なんじゃ? 申して見よ」
「はい。情報がなければ集めてくればよいのです」
「誰かを送り込むというのか? それは難しいと以前言ってはおらなんだか?」
迫田さんがにやりと笑った。あ、何か悪巧みしている顔だ。
「状況が変わりました。いろいろと」
□□□
帝都での会合を終えた私たちは、テシュバートに戻りDIMOのエージェントたちと面会することになった。迫田さんが彼らに説明、というかお願いをしている。
「それで、なぜDIMOのエージェントである我々が、
「帝国のためじゃない、私のためだよ、ルースラン」
こういうキザな台詞をさらっと言える人なのね、迫田さん。言われたルースランさんは、なんだか戸惑っているみたいだけれど。
「俺は乗ったぜ、サコタ。ルースランが行かなくても、俺は付き合うよ」
「な、何も協力しないとは言っていないぞ」
「ならば、一緒に来てくれるね、ルースラン?」
「……仕方あるまい」
迫田さんが言った「状況が変わった」というのは、ルースランさんやゲランさんのことではない。潜航艇<しんりゅう>の準備ができたということらしい。<しんりゅう>はもともと、異界の海底調査のために作っていた調査船で、深度五百メートルまで潜れる性能を持っている。それを、今回借りることができたという訳だ。
迫田さんは当初、ルートを連れてガ=ダルガに潜入しようと考えていたらしいけど、タイミング良くDIMO時代の友人が来たので同行を頼んだと言っていた。いや、外交官が潜入任務なんて、本当は許可したくないんですけど。吸血鬼ふたりと狼男なら、めったなことはないと説得されてしまった。うぅ。
「なんで私が留守番なんですかっ! 私もDIMOのエージェントですよ!」
DIMOから来た女性エージェント、えっとたしかロバートソンさん? が迫田さんを問い詰めている。彼女、なんだか知らないけど、私を意図的に無視している気がするのよねぇ。
「危険だし、これはDIMOの正式な任務じゃないよ」
「危険は承知です。訓練も受けています」
「あの、ロバートソンさん? 私も危険だと思うの。やめておいた方が……」
「外野は黙っていて」
いや、外野じゃなくて責任者なんですけど。もし、あなたがガ=ダルガでなにかあったら、私の責任問題になっちゃうんですけど。
「クレア。彼女は外野じゃないし、ここの最高責任者だ。彼女に反抗するというのなら、元の世界に戻ってくれ」
「サコタ、そんな……」
「私は、君に危険を冒して欲しくない。仲間だからな」
「サコタ……わかった」
なんとかなったようだ。といっても、私自身、まだ彼らを送り出すことにひっかかりを覚えているけれど。
「阿佐見さん」
「え? あ、はい、なんですか?」
少しぼーっとしていたのかしら、迫田さんが急に話しかけて来たのでびっくりした。
「すいません、貴女をだしにするようなことを言って。気を悪くしないでください」
「いえ、あの、大丈夫。気にしないで」
だから、顔が近いって!
□□□
テシュバートの桟橋には、改修なった<らいめい>が係留され、物資や人員が乗り込んでいるところだ。<らいめい>の広い後方甲板には小型のクレーン装置が取り付けられている。そして<らいめい>の後方には<しんりゅう>が固定されていた。<しんりゅう>は、全長約六メートル、幅二メートルちょっと。円筒を少し押し潰したような形だ。
海底調査を主目的に作られたので、武装はないけれど、前方に一対のマニュピレーターと四基のLEDライトが装備されている。後方には、四基の電動プロペラ。方向転換用のスラスタが船体各所に配置されている。元は黄色く塗装されていたけれど、任務に合わせて黒く再塗装されている。今回の任務が無事に終われば、科学チームに返却される予定だ。そうしないと、防衛装備庁の技術者が魔改造しかねない勢いだったので。色は塗り直せば良いよね?
ここに来ても、余り気乗りしない作戦は、<らいめい>でガ=ダルガの近海まで接近し、そこからこの<しんりゅう>で迫田さん、ルースランさん、ゲランさん、それに現地の案内役としてゴダくんの計五名をガ=ダルガ本島に届ける。十日後、あるいは迫田さんたちから連絡があった時点で、<しんりゅう>が再び彼らを回収して帰投――と、言葉だけなら簡単そうに聞こえる。でも、何があるか分からないのに、送り込むのは……。
「いつまでウジウジと考えているんですか?」
迫田さんが隣に来て、私を馬鹿にする。ウジウジなんかしていませんよーだ。
「私が決めたことですし、現状を打破するには必要なことです」
「分かっています」
「ならば、責任者らしくシャキッとしていてください。みなが貴女を見ているのですから」
私は、精一杯背伸びをした。シャキッとして見える?
「……まぁ、いいでしょう。後の事は任せましたよ。帰ってきた時に書類が溜まっていたら、許しませんよ」
そう言い残して、迫田さんは<らいめい>に向かって歩いて行った。
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