使いたくない手段でも

 拘束したガ=ダルガの工作員に関して、ファシャール帝国と日本政府との間で軋轢が生じた。だって、情報を聞き出そうと拷問するなんていうから。日本こちらとしては、それを見過ごすことはできない。こうした文化の差を調整するのも私の仕事。とはいえ、帝国に現代日本の価値観を押しつけても無駄なので、ここは理を説いていくしかない。


 王国の都市とは異なり、ファシャール帝国では城壁を持たないことが多い。ここ帝都アリフダハーブにも城壁はない。その代わり、背後にそびえ立つ山と川が自然の防壁になっている。みやこの中を流れる運河は、移動手段、運送手段であると同時に、都市防衛の機能も果たす……らしい。上岡一佐の受け売りです。上岡一佐といえば、王国と帝国の国境沿いに建設される新都市の仕事に専念してもらっている。時代の推移によっては、テシュバートの防衛力を強化しなくてはならなくなるかもしれず、そうなれば上岡一佐に戻ってもらうことになるけれど、そんな状況にはしたくないなぁ。


 ぼんやりととりとめのないことを思い浮かべながら、馬車の外を眺める。この地方にはあまり高い建物がなく、せいぜい二階建て。そのため、エバさんたちが住んでいる皇宮こうぐうがひときわ大きく見える。帝都の外れには、日本わたしたちが施設を建設中だけれど、皇宮よりも低くなる予定。山の上に通信塔を作っているので、高くなくても問題なし。


 私たちを乗せたハイテク馬車は、帝都のめぬき通りを警護の騎士たちと伴に進んで行く。途中で止まることもなく、スムーズに流れていく風景は王都のそれとは違う雰囲気だ。地中海の家々にも似たオレンジ色の屋根がそう思わせるのか。地球あっちでは瓦だけど、屋根も魔法で作られているから、のっぺりとした感じもあるけれど美しさもある。

できれはゆっくりと観光したいなんて思わせる。今は、皇宮でエバさんたちが待っているから無理だけど。


「平和、ですねぇ」


 いつもと変わらぬ帝都の様子を見て、田山二佐が呟く。


「ガ=ダルガの侵攻は、一般国民には知らされていないからね」

「パニックを怖れて、でしょうか?」

「それもあるが、情報が不確かなまま流せば、民は不安を抱えたまま生活をすることになり、国内の治安に影響がでるだろう。エバ皇后は、統治に関しては慎重なのだと思う。もちろん、各国の代表たちには通知しているけれど、国民に知らせるのは十分に準備を整えてからになるだろうね」


 迫田さんが田山二佐に説明している声をぼんやりと聞きながら、国民が知らないまま危機を乗り切る方法はないか考える。ひとつ、可能性の高い方法があることはある。<らいめい><らいこう>その他、日本の持てる防衛力をもって、ガ=ダルガに帝国との和平を結ぶようすることだ。簡単に言えば、アメリカが日本に黒船を送って開国を迫るようなもの――なら、私がペリー提督? 何度も検討したけれど、この方法はとりたくないわね。


 そうこうしているうちに、馬車は皇宮に到着した。私たちは皇宮の中庭で馬車を降りて、エバ皇后の待つ部屋へと案内された。


「通信問題ありません」

「ありがとう」


 帝都ここ通信網が完備されていないので、ハイテク馬車を中継ポイントとして利用している。ドアの少ない構造のせいか、皇宮内部からでも通信ができるようだ。よかった。


「こちらへ。エバ陛下がお待ちです。護衛の方はこちらでお待ちください」


 田山二佐ともうひとりの自衛官は、前室で待機させられた。といっても、薄いヴェールのような布で仕切られているだけなので、大きな声を出せばすぐに駆けつけてくれるはずだ。


 広い部屋の中では、エバさんとグードさん(今は宰相だ)が待っていた。日本こちらは私と迫田さん。四人で腹を割った話し合いが始まった。


□□□


 ――休憩をはさみつつ、あっというまに四時間が経過した。あまり進展はない。ここまでで分かったのは、帝国が焦っているってこと。


ガ=ダルガの情報が少ない、そこはお互い一致しておるじゃろう?」

「えぇ、ですから日本としては帝国内のスパイ摘発にも協力しましたし、これからガ=ダルガの偵察も行おうと準備中です」

「間諜の摘発に関しては、感謝しておる。じゃが、サクラの言う“偵察”とやらは、いつになったら実行できるのじゃ?」


 無名島から気球による観測を試みたのだが、辛うじてガ=ダルガの海岸線が確認できる程度で、詳細の観測はできていない。無人機を投入してみたのだけれど、熱帯性低気圧の影響なのか、赤道付近で突発的に吹く暴風のせいで失敗。観測衛星を打ち上げられれば話は簡単なのだけれど、異界こちらではロケットを打ち上げることができない。現在、科学チームが暴風にも対処できる自律型無人機の開発を行っているけれど、もうしばらくかかりそう。


「妾たちには、もう時間がないのじゃ。明日、彼奴きゃつらが攻めてくるやも知れん」


 テシュバートと復興したウルジュワーンで、何隻かの戦艦が急ピッチで建造され、できあがったものから帝国領内の島々をパトロールしている状況だが、すべての島をカバーできてはいない。いつ、どこからガ=ダルガがやってくるのか分からない状況は、帝国にとって辛いことだろう。


「ですが、だからといって捕虜を拷問することは間違っています。暴力で聞き出した情報なんて、役に立ちませんよ」

「帝国にも拷問の得意な官吏がおる。彼らなら、どんなに口の堅い者からでも、正しい情報を引き出すことであろう」


 あぁ、この会話を繰り返すのは、もう何度目だろう。私がさらに反論しようとした時、迫田さんが私の発言を手で遮って、エバ皇后に向かって言った。


「陛下。私からご提案がございます」

「なんじゃ? 申して見よ」

「はい。情報がなければ集めてくればよいのです」

「誰かを送り込むというのか? それは難しいと以前言ってはおらなんだか?」


 迫田さんがにやりと笑った。あ、何か悪巧みしている顔だ。


「状況が変わりました。いろいろと」


□□□


 帝都での会合を終えた私たちは、テシュバートに戻りDIMOのエージェントたちと面会することになった。迫田さんが彼らに説明、というかお願いをしている。


「それで、なぜDIMOのエージェントである我々が、異界ここの帝国に協力しなければならないのかな、サコタ?」

「帝国のためじゃない、私のためだよ、ルースラン」


 こういうキザな台詞をさらっと言える人なのね、迫田さん。言われたルースランさんは、なんだか戸惑っているみたいだけれど。


「俺は乗ったぜ、サコタ。ルースランが行かなくても、俺は付き合うよ」

「な、何も協力しないとは言っていないぞ」

「ならば、一緒に来てくれるね、ルースラン?」

「……仕方あるまい」


 迫田さんが言った「状況が変わった」というのは、ルースランさんやゲランさんのことではない。潜航艇<しんりゅう>の準備ができたということらしい。<しんりゅう>はもともと、異界の海底調査のために作っていた調査船で、深度五百メートルまで潜れる性能を持っている。それを、今回借りることができたという訳だ。

 迫田さんは当初、ルートを連れてガ=ダルガに潜入しようと考えていたらしいけど、タイミング良くDIMO時代の友人が来たので同行を頼んだと言っていた。いや、外交官が潜入任務なんて、本当は許可したくないんですけど。吸血鬼ふたりと狼男なら、めったなことはないと説得されてしまった。うぅ。


「なんで私が留守番なんですかっ! 私もDIMOのエージェントですよ!」


 DIMOから来た女性エージェント、えっとたしかロバートソンさん? が迫田さんを問い詰めている。彼女、なんだか知らないけど、私を意図的に無視している気がするのよねぇ。


「危険だし、これはDIMOの正式な任務じゃないよ」

「危険は承知です。訓練も受けています」

「あの、ロバートソンさん? 私も危険だと思うの。やめておいた方が……」

「外野は黙っていて」


 いや、外野じゃなくて責任者なんですけど。もし、あなたがガ=ダルガでなにかあったら、私の責任問題になっちゃうんですけど。


「クレア。彼女は外野じゃないし、ここの最高責任者だ。彼女に反抗するというのなら、元の世界に戻ってくれ」

「サコタ、そんな……」

「私は、君に危険を冒して欲しくない。仲間だからな」

「サコタ……わかった」


 なんとかなったようだ。といっても、私自身、まだ彼らを送り出すことにひっかかりを覚えているけれど。


「阿佐見さん」

「え? あ、はい、なんですか?」


 少しぼーっとしていたのかしら、迫田さんが急に話しかけて来たのでびっくりした。


「すいません、貴女をだしにするようなことを言って。気を悪くしないでください」

「いえ、あの、大丈夫。気にしないで」


 だから、顔が近いって!


□□□


 テシュバートの桟橋には、改修なった<らいめい>が係留され、物資や人員が乗り込んでいるところだ。<らいめい>の広い後方甲板には小型のクレーン装置が取り付けられている。そして<らいめい>の後方には<しんりゅう>が固定されていた。<しんりゅう>は、全長約六メートル、幅二メートルちょっと。円筒を少し押し潰したような形だ。

 海底調査を主目的に作られたので、武装はないけれど、前方に一対のマニュピレーターと四基のLEDライトが装備されている。後方には、四基の電動プロペラ。方向転換用のスラスタが船体各所に配置されている。元は黄色く塗装されていたけれど、任務に合わせて黒く再塗装されている。今回の任務が無事に終われば、科学チームに返却される予定だ。そうしないと、防衛装備庁の技術者が魔改造しかねない勢いだったので。色は塗り直せば良いよね?


 ここに来ても、余り気乗りしない作戦は、<らいめい>でガ=ダルガの近海まで接近し、そこからこの<しんりゅう>で迫田さん、ルースランさん、ゲランさん、それに現地の案内役としてゴダくんの計五名をガ=ダルガ本島に届ける。十日後、あるいは迫田さんたちから連絡があった時点で、<しんりゅう>が再び彼らを回収して帰投――と、言葉だけなら簡単そうに聞こえる。でも、何があるか分からないのに、送り込むのは……。


「いつまでウジウジと考えているんですか?」


 迫田さんが隣に来て、私を馬鹿にする。ウジウジなんかしていませんよーだ。


「私が決めたことですし、現状を打破するには必要なことです」

「分かっています」

「ならば、責任者らしくシャキッとしていてください。みなが貴女を見ているのですから」


 私は、精一杯背伸びをした。シャキッとして見える?


「……まぁ、いいでしょう。後の事は任せましたよ。帰ってきた時に書類が溜まっていたら、許しませんよ」


 そう言い残して、迫田さんは<らいめい>に向かって歩いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る