DIMOからの支援

「ロバート・ウッドマンだ。よろしく」

「阿佐見桜です。こちらこそよろしくお願いします」


 握手したその手は、軍人の手だった。ごつくて大きくて、芯の強さを感じる。白髪交じりの短髪も、軍人の雰囲気を醸し出している。DIMOから派遣された戦略アドバイザーで、本来なら一ヶ月ほど前には異界こちらを訪問する予定だったのだけれど、日本で起きたトラブルのせいで遅れていた。日本で起きたテロの話は、耳にしている。というか、こっちも巻き込まれたしね。


「こちらは、御厨教授。私たちの科学顧問みたいな顔しています」

「桜クン、私にだけ毒を吐くのを止めてくれないか。御厨だ、よろしくミスター・ウッドマン」

「よろしく。貴女の噂は耳にしているよ」

「フム、良い噂であることを願うよ」


 蓬莱村にある事務棟の会議室は、三階建ての三階部分にあり、仕切りを取っ払えば百名くらいは入る部屋になっている。が、そんなに広く使ったことはない。外でやる方が簡単だから。

 今、その小さな会議室に、私と御厨教授がウッドマンさんを迎えていた。彼と一緒にDIMOから三人来たけれど、そちらは迫田さんの友人ということで、彼に任せている。


「輸送用石油タンクに仕掛けられた爆発物を、教授あなたが見つけたそうじゃないか」

「アレは私じゃないよ。私の弟子が見つけたんだ」


 本当に、あれは偶然だった。御厨教授がビーに“日本の技術”の一端を教えようと、“ザ・ホール”から到着する石油タンクを見せていたときに、ビーが魔素マナの流れがおかしいと言い出したのよね。それで、異界こっちの人も呼んで調べてみたら、起爆装置が見つかったという、本当に冷や汗ものだわ。


「いや、良くできているよ」とは、起爆装置を解析した御厨教授の言葉だ。タンクの下から発見されたは、小さな爆発を起こす爆薬と起爆装置を組み合わせたもの。


「サーモスタットに似た構造だね。異界こちらに来ると魔素マナに反応して回路が接触、ただし、異界こちらでは爆発は起きない。日本あちらに戻ると今度は点火装置に電流が流れて、ボン! という仕掛けさ。何しろタンクには石油が満載されているんだ。小さな爆発でも、タンクは誘爆する。それだけで巨大な爆弾みたいなものさ」

「ちょっと待って、魔素マナに反応するって……」


 日本、いや地球上では、魔素マナに反応するような物質は見つかっていない。そんな物質があるとすれば。


「あぁ。魔石が使われていたよ。といっても、ほんの欠片だけどね。小さな金属片を変形させるだけの簡単な土属性魔法だからね」

「でも、魔石は入手できるとして、そこに組み込む術式はどうしたのよ」


 魔石による魔法の発動には、魔法を組み込んだ術式が必要だ。たとえば、私たちが頻繁に使っている結界の魔法は、いくつかの魔法が組み合わされた複雑な術式が書き込まれている。簡単な術式とはいえ、それをあちらの人間が行うことはほぼ不可能だ。


「そうだよねぇ、それが不思議だよねぇ。ということで、調べてもらったよ」


 犯人、というか答えは簡単だったらしい。術式を書き込んだのは、留学中のカイン王子だった。なんでも、友人を作るべく奮闘中の王子が、請われるがままに魔法を組み込んだ魔石(の欠片)をばらまいているらしい。……頭が痛い。

 カイン王子には注意が行くだろうけれど、こちらでもヘルスタット王に事情を説明しない訳にはいかないだろう。それ以上に問題なのは、彼の周りにスパイが忍び込んでいるってことよね。対策はお願いしていたけれど、十分じゃなかったか。ま、過ぎたことは仕方ない。

 大切なのは、破壊行為を未然に防ぐことができたことだ。


「そんなわけで、ウッドマンさんには、こちらの警備体制へのアドバイスももらいたいのですが、とりあえずは――」

「ロバートで構わないよ。ふむ。ガ=ダルガへの対応策だね、ミズ阿佐見が求めているのは」

「私の方も、サクラでいいですよ、ロバート。えぇ。こちらに資料を用意しています」


 ロバートは、私と御厨教授とで用意したそれほど多くない資料を読みながら、いくつか私や教授に質問をし、グ・エンへのインタビューもしたいと言った。そちらは、明日にでも調整しよう。


「数日後には、いくつかのシナリオと取るべき対策を提示できると思うよ」

「ありがとうございます。この部屋は自由に使っていただいて構いませんから」


□□□


「桜さん、お久しぶりです」


 ロバートとの面談を終えた私は、事務所で懐かしい人物と再会した。


「日野二尉、じゃない日野さん、元気そうでなによりです」


 かつて、陸上自衛隊の一員として蓬莱村に駐留していた日野二尉は、現在DIMOで働いている。ロバートたちと一緒に来なかったのは、あちらでのゴタゴタを始末していたかららしい。


「DIMOは日本の法執行機関じゃありませんから、手続きとかいろいろあって。の搬入が遅れたってこともありましたが」


 そういって彼女が示したタブレットには、今回彼女が持ち込んだ資材の一覧が表示されていた。


「新しい《ハーキュリーズ》、私たちは《ハーキュリーズ・ネオ》と呼んでいますが、以前の装備を強化・拡張した装備になります」

「心強いわ」


 何しろ、機器が差し迫っているのだ。守る力が増える分には大歓迎だ。


異界こちらに長く居られるのでしょう?」

「いえ、新装備のレクチャーをしたら戻らないと。滞在できるのは四日間くらいですね」

「それは残念」


 それなら、今のうちに聞いておこう。


「で、彼とは上手く行っている?」

「彼?」

「やだ、ムラタさんよ」


 そう、マイク・ムラタを追って、彼女は自衛隊を辞めたのよね。


「あー。まぁ、ぼちぼちです」

「なんだか歯切れが悪いわね」

「実は、まだ相手の気持ちを確かめていません」

「え? もしかして、まだ告白……」

「……していません」


 勇猛果敢な日野さんらしくないわね。


「いいんですよ、今は傍にいられるだけで」

「ふぅ~ん」


 あんまり、人の恋愛に首を突っ込まない方がいいかな。


「そうだ、まだ詩の子供に会っていないでしょ? 今から時間ある?」

「もちろん。音川さんに似てかわいらしいのでしょうね」

「そうよ。会った人、全員メロメロになっちゃうんだから」

「それは楽しみ」


 そして、私の予言通り、日野さんも律ちゃんにメロメロとなったのでした。


□□□

「相手の情報が少なすぎる」


 ロバートさんの言う通り、ガ=ダルガに関する情報が少なすぎる。グ・エンたちへのインタビューでも有益な情報は得られなかったと。それでも彼は五つのシナリオを提示してくれた。その中のひとつ、<らいめい><らいこう>でもって先制攻撃を仕掛けるというのはダメだよ。アメリカだったらやっているかも知れないけれど。最悪のシナリオでは、いくつかの島がすでに占領されているという仮定に立っている。まさか、とは思うけれど。


「とりあえず、帝国領の島を虱潰しに調査しなければならないだろう。同時に、スパイの発見と確保が必要だ。捕まえたとしても、入手できる情報は少ないだろうから、泳がせて欺瞞情報を流すという手もあるが……」

「それは、帝国に判断してもらいましょう。私たちは、彼らに協力する形で」


 改めて、ロバートさんと協議をした。現時点で、わかっていることは次の通り。


・赤道を越えた向こうに大陸並みの大きな島が存在するらしいが、まだ確認できていない

・その島には、複数の部族から構成される国がある

・その国の運営は、部族の代表同士が協議する形で、共和制に近い

・赤道を越えて帝国へ侵攻しようとする勢力が優勢

・生活に困窮するなどの危機は起きておらず、侵攻の目的は不明

・蒸気機関を持っており、蒸気機関を搭載した艦船が存在する

・兵器の種類は不明、兵力も不明

・帝国の情報を積極的に集めている

・ガ=ダルガでは魔法は一般的ではないが、使える人間も存在する


「では、これらの前提条件を踏まえ、今後とるべき具体的方策について……」


□□□


 カラートは、ファシャール帝国南方にある島で、およそ五十名の住民は、港に隣接した村に暮らしている。湾に臨む山肌に貼り付くように建てられた住居を除けば、島はほぼ原生林で締められている。いや、それは過去のことだ。現在は、山の頂上付近に日本の通信塔がすっくとそびえている。

 今、生い茂る木々を抜けて、通信塔に近付こうとする人影があった。ひとつ、ふたつ……みっつの黒い影は、周囲を警戒しつつ斜面をゆっくりと登っていた。彼らはガ=ダルガで隠密作戦のスキルを叩き込まれた者たちだった。一般的にガ=ダルガ人は背も高く肩幅も広いが、彼らは少し背の高い帝国人と言われても違和感のない体格、そして風貌をしていた。だからこそ、スパイに選ばれたとも言える。

 これまでに何度も帝国の島に潜入し、情報を集めてきた。その中の一人は、帝都にも潜入したことがあるベテランだった。彼らにとって、“日本”とか言う国が建てた怪しげな塔を調査する、という任務は、とても簡単なものだった。


 だが、彼らは知らない。僅かな星明かりでもくっきりと見ることができる暗視装置や、熱を感知するサーモカメラ、赤外線センサー、集音マイクなどの存在を。島に到着した直後から、自衛隊が彼らを監視していることを。


 通信塔を囲うフェンスの傍までやってきたガ=ダルガ工作員のひとりが、迂闊にも素手でフェンスを掴んだ。彼らには細く弱々しく見えた鉄線には、電流が流れていた。触れた人間が気絶する程度の電流が。


「!」


 訓練された彼らは、声を立てることはしなかったが、急に倒れた仲間を見て驚いた。ひとりが仲間に駆け寄り、もうひとりは周囲を警戒する。が、人の気配はしない。地面に倒れ込んでビクビクと身体を震わせる仲間を見て、工作員たちは恐怖を感じた。ウルジュワーンが叛乱を起こした際、サカニカの街で敵の巨人のふるう棒に殴られた時、彼らの同胞が同じように昏倒したことを彼らは知らない。知っていれば、少しは恐怖が減っただろうか。

 周囲を警戒していた彼らは、樹木の葉が擦れ合う音に交じって、羽虫が飛ぶような音が聞こえることに気付いた。徐々に近付いてくるその音に警戒を強めるが、人や獣の気配はない。


「上だ!」


 工作員の一人が、空を指さして叫んだ。そこには、黒い何かが浮かんでいた。だが、その瞬間、彼らは意識を失った。


□□□


「テシュバートより連絡。カラート島で不審者を確保。習熟航行中の帝国艦<ノルム>が回収してテシュバートに連行しました」

「ありがとう」


 受け取った書類にざっと目を通す。


「これで、帝国内のスパイは全部捕まえたことになるわね」

「えぇ、情報が正しければ」


 堀二尉をはじめとする防衛省の情報部門と、帝国の情報部が手を尽くした結果だから、信頼性は高いと思うわ。でも、スパイからは情報、取れそうにない気がする。


「こちらからの、これ以上の情報流出を止められただけでも良しとしましょ。で、ガ=ダルガとの連絡方法は判明した?」

「工作員が所持していたものから考えると、工作船を使った方法と、気球を使った方法があるようです。工作船については、自衛隊こちらで確保しました。テシュバートで分析する予定です」


 気球? 上に上がるか、気流に乗って移動するだけだから、南にはいかないわよね? だとすると、何らかの方法で回収しているはず……方法はわからないけど、あちら側にいいようにされているようね。


 後日。帝国沿岸部から無名島まで、レーダーを設置することが決まった。人員不足なので、ほぼ無人サイトになるし、全域をカバーできるわけじゃないけれど、やらないよりはいいでしょ。打てる手は、打っておかないと。


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