グエンとゴダ、それとビー

 律ちゃんの誕生で蓬莱村が盛り上がっていた頃、村の客人となったグ・エンとゴダは、自由に村の中を見学していた。もちろん案内役(兼監視役)は付いているし、他の村人と同じように左腕に情報端末を印刷してあるから場所の特定は容易だ。

 彼らの行動は、その日のうちにレポートして私に報告されるようになっている。


「ふぅん。今日は御厨ラボに行ったんだ。どうだった?」

「それがですねぇ……聞いてくださいよ」


 今日、彼らを担当した茅場二尉が、苦々しげに話し出した。



□□□


 拡張に合わせて、蓬莱村の施設は当初から比べるとだいぶ変わっている。たとえば、科学班の実験場だった場所に今はスーパーコンピューター棟が建っていて、実験場自体は村の西側、村の境界から少し離れた場所になっている。そんな中、御厨教授の実験施設だけは、昔と変わらない場所にあった。彼女の「便利だから動きたくない」という要求を飲んだ形だが、さすがに危なそうな実験は西の実験場で行うことになっている。


「よく来たね」


 御厨教授自らがグ・エンたち三人を迎え、彼女のラボ内部へと案内した。彼女は、気分が乗らないあるいは気に食わない時には、無視したりつっけんどんになったりするが、自分の好奇心を刺激することや思惑に合致するような場合は、こうして好意的な態度を示すこともいとわない。ある意味、自分に正直と言えるが、打算的とも言える。


「お茶も出さずに申し訳ない。実験室は基本、飲食禁止なのでね。……さぁ、ここだ」


 ドアを開けて入った部屋は、学校の理科室を思わせるような実験部屋だった。壁際にはガラス戸棚が並び、さまざまな器具や薬品らしき瓶が並んでいる。部屋の中央には、大きめの実験机がふたつ、並べられていた。机の前にはひとりの少年が、何やら機械をいじっていた。その周りには、さまざまな形の器具や部品が雑然と散らばっている。

 茅場二尉は何度か入ったことがあったので、部屋の中には関心を示さない。というか、彼女の仕事はグ・エンとゴダの案内なので、彼女らの様子に神経を集中している。そのグ・エンとゴダは、珍しそうに部屋の様子を観察していた。これまでにも、村にある施設を見学し、自分たちよりも進んだ文明に驚かされてばかりだったが、ここはまた雰囲気が違った。


「師匠、なんだよ、そいつら。邪魔なんだけど」


 机の前にいた少年――今は、御厨教授に弟子入りしているビーが、実験室の入り口でキョロキョロと辺りを見回していた二人に文句を言った。


「ビー、お客様だよ、もっと丁寧に。それと、“師匠”って呼ぶなと言っただろう?」


 御厨教授は、ビーに向かって頬を膨らませた。目は笑っている。


「それより、の準備はできているんだろ?」

「あっち」


 ビーが、手に持ったドライバーで、もうひとつの机を指し示した。机の上には何か置かれていたが、布が被せられてその正体は判らない。御厨教授が近づいて布を取ると、その下からふたつの機械が現れた。


「さて、良く見てくれよ、お二人さん」


 御厨教授は、アルコールランプをふたつ、棚から取り出すと、ガラス製のキャップを外して火を付けた。火の付いたアルコールランプを注意深く、ふたつの機械それぞれの下に置いた。機械の一部が温められ、その内部では蒸気が作られていく。これは、蒸気機関のミニチュアだ。ちゃんと動くんだ、と茅場は感心した。

 しばらくすると、シュッシュッという断続的な音が聞こえ、2つの機械の軸が回転を始めた。一方は、車のエンジンについているようなシリンダが特徴的だ。


「どちらも我々の世界から持ってきた蒸気機関だよ。こちらがレシプロ、こっちがタービンね。君たちの船にはどっちが付いている?」


 二人は困った表情を浮かべ、お互いに顔を見合わせた。やがて、ゴダが口を開いた。


「確かに、俺たちの国では蒸気を使って機械を動かしている。けれど、それを扱うのはドーフ氏族だけなんだ」

「ちっ、役にたたねー奴だな」

「なに?!」


 ビーの横やりにゴダが血色を変える。まぁまぁ、と茅場が間に入った。彼女は御厨教授に視線を送ったが、教授は素知らぬ顔だ。


「その、ドーフ氏族というのは、どんな人たちなんだい?」


 ゴダの説明によると、ドーフ氏族とは蒸気機関を作り出した氏族で、その製造と運用を一手に引き植えている。その功績故、ガ=ダルガの主要七氏族のひとつで発言権も大きいが、どちらかというと政治には無関心な氏族だという。

 職人気質かたぎってことかしら。茅場はそう思った。


「でも、ドーフ氏族の族長は、バウ氏族の族長、デラ・バウと仲が良くて、彼の大陸進出計画を後押ししているの」


「エンジニアの支援を受けているって訳だね。うん、帝国にとっちゃあやっかいだね」


 ふむふむと言いながら、御厨教授は顎に手を当てて考えていた。やはり、少しでも情報が欲しい、と。


「グ・エン君、ゴダ君。蒸気機関に触ったことはなくても、船の機関部に入ったことはあるだろう? そこにこんな機械は置いていなかったかい?」


 教授の言葉に促され、二人は机に近づいてふたつの機械をしげしげと観察しだした。


「こっちの方が、似た形をしていると思う」

「でも、もっと黒かったわよね? 煤だらけで。あそこ、暗くて臭かったわ、とっても」

「なるほど、なるほど」


 御厨教授が用意した蒸気機関のミニチュアは市販されているもので、どちらかといえば見栄えを重視しているため銀メッキが施されている。これに比べれば、地球の蒸気機関も“黒い”という印象を受けるだろう。


「なかなか興味深い。いや、助かったよ。あちらの部屋でもう少し、話を聞かせてくれ」

「はい、いいですよ」


 御厨教授が先頭に立ち、部屋を出ていこうとした時、小さな呟きが聞こえた。


「まったく、面倒ごと持ち込みやがって。疫病神どもめ」


 その言葉に反応したのは、ゴダだった。茅場の脇をすり抜け、ビーの前に見下ろすように立ったゴダは、ゆっくりと低い声で。


「なんと言った?」

「聞こえなかったか? 何度でも言ってやるぞ、この疫病神の蛮族ども!」

「な、ん、だ、とっ!」


 ゴダは、“疫病神”という言葉の意味は知らなかったが、それが侮蔑の意味を持っている言葉であることはすぐに理解した。


「俺のことはいい。お嬢様のことを悪く言うことは、許さん」

「ハッ! “おじょうさん”? それも気にいらねぇ。姫さんとそれを護る騎士かよ。昔話かってーの!」

「俺は騎士じゃない。が、お嬢様を護るためなら、お前のようなチビは、片手で潰してやる」

「なんだと――」

「――はい、そこまで、そこまで」


 御厨教授と茅場二尉が、ふたりの間に入って引き離した。


「ビー。どうした、お前らしくもない」

「師匠、俺は本当のことしか言ってねぇぞ」

「ゴダさん。もめ事はなしです」

「すまない、カヤバ。だが、こいつを許す訳には……」


 その後も少しごたついたが、なんとか引き離してその場を収めた。


□□□


「――とまぁ、こんな経緯でして」

「……解決してないじゃん!」


 問題は、燻ったままだ。第三者から見れば、ビーが因縁を付けたようにしか思えない。御厨教授が彼を王都から連れてきてまだ日が浅く、それほど人となりを知っているとは言えない桜だったが、少しすれたところもあるが良い子だと感じていた。


「なんでまた、グ・エンたちに絡んだんだろう?」

「それがどうやら、御厨教授が“ガ=ダルガの蒸気機関”に入れ込んでいるらしく。ビーがやりたい研究ができないとかなんとか」

「あぁもう。弟子の管理くらいちゃんとしてよねっ!」


 でも、ガ=ダルガの蒸気機関についても調べる必要があるのも事実。御厨教授が適任でることも分かっている。


「ふたりには、私から正式に謝罪しておくわ。ビーの方は……教授に任せましょ」

「はい、それがいいと思います」


 三人、特にゴダとビーは、一緒にしないようにしないと。


「で、御厨教授は蒸気機関について、何か言っていた?」

「えっとですね、ここにメモが……あった。……恐らくレシプロ、つまりピストン駆動だろうと。効率はそれほど良くないが、何らかの工夫はされているかもしれないので油断はしないように。熱源として石炭のような煤を出す物質が使われており、魔法は活用されていないと思われる……そうです」

「そうか。やっぱりあっちガ=ダルガは、魔法使いが少ないようね」


 それは分かっていた。グ・エンは風・水・火、それぞれの属性が使える。王国の基準で言えば三相だが、レベルは二位くらい。ゴダに至っては、ほとんど使えない。魔法が使えたら、テシュバートの下町で捕まったときに、魔法で反撃を試みているはずだしね。ヴァレリーズさんに敵わないとしても。


 ちょっとずつ、ガ=ダルガのことが分かってきたけれど、まだまだ謎に包まれている。そんな相手が戦争を仕掛けようとしているのだ。私たちに何ができるだろう?


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