第四十三話 大賢者の暴走
「腹が痛いのぉ、ちょっと待ってくれるかのぉ」
大賢者コリウスさんがそう言って立ち止まった。
「大丈夫ですか?」
「そうじゃの、少し休んでええかのぉ」
「コリウスさん、何をおっしゃいますか。今が一番大事な時なんですよ。少しふんばっていただけませんか」
カエデさんが溜め息をつきながら言う。
「コリウスさんは休んでいてください。僕たちだけで捜索しますから」
「そうか。では少し風に当たってくるとするかのぉ」
コリウスさんと別れて、僕たちは捜索を続けた。
匂いを辿って僕たちは結局1階まで降りてきた。
カエデさんが深刻な顔で言った。
「ここは、図書館の職員たちの生活領域です……」
つまり、身内に犯人がいる可能性が出てきたのだ。
「カエデさん、ここだとすると心の準備がいるかもしれませんね……」
「そうですね……信じたくはないですが……」
そうして、カミーラが匂いを辿ってついたのは、比較的豪華で大きな部屋だった。
「ここは……」
カエデさんが絶句したようにつぶやいた。
「ここって誰の部屋なんですか?」
「ここは……この部屋は七人の賢者のうちの一人の部屋です……」
「ええぇ! 賢者の部屋!? そんなっ、まさか!? いったい、だ、誰の部屋なんですか……」
「それは──」
風に当たっていると言っていた彼は、図書館の3階にあるテラスにいた。
僕たちが後ろに来た時でも、彼は冷静だった。振り向かないのだ。まるでここに僕たちが来ることがわかっていたようだ。
「コリウスさん……どうしてですか……」
「カエデか……。ふむ、お前たちがここにきたということは、その少女の鼻は大したものだったようじゃ」
少女とはカミーラのことだろう。
そこでようやく、彼こと、コリウスさんはこちらを振り返った。その表情は真顔だった。
「その反応は、そういうことですよね!? あなたが盗んだんですね? 『世界の根っこ』と呼ばれる禁書を」
「いかにも、ワシが犯人だ。まさかこんなに早く見つかるとは思わんかったのぉ、少しプランが狂ったわい」
コリウスさんは、先刻までの感じとあまり変化は見られない。この性格は彼の素なのだろうか。
「コリウスさん! ちゃんと説明してもらいますからね! あなたがいくら大賢者とはいえ、冗談では済まされませんよ!」
カエデさんはコリウスさんに向かって叫んだ。
「ふふ、言うようになったのぉ。カエデよ。お前のことは小娘だった頃から知っておるがな。そのまっすぐな瞳は昔から変わらんのぉ」
「コリウスさん! そういうのはけっこうです! あなたを捕まえて、禁書を取り返します!」
カエデさんは語気強めに言い放った。僕も続けざまに思いを伝えた。
「コリウスさん! 僕は昨日ここに来たばかりで理由はわかりませんが、とりあえず捕まえます! 話はその後に聞きますね!」
「ふむ、ラルクくん。君は冒険者の鏡だのぉ。なんにでもクビを突っ込むのは冒険者としては正解じゃ。だが、世の中には触れないほうがいいこともあることを知ることになるじゃろぉな!」
コリウスさんはそう言って持っていた杖を振りかざした。
その杖は両手で持つような大きくて、立派なスタッフだった。
「ラルクさん、ありがとうございます。ご協力感謝します! ですが、コリウスさんは大賢者……正直私たちでどうこうできる相手ではないかもしれません……」
カエデさんは、そう言って僕に申し訳なさそうな顔を向けてくる。
「大丈夫ですよ。僕が気をひきつけますから、カエデさんがコリウスさんを止めてください!」
僕は、コリウスさんの部屋からここへ来るまでの間に、挑発スキルを仕えることを彼女に伝えていた。こうなることを予期していたのだ。
もちろん、シンシアとカミーラの特徴も伝えてある。しっかり連携を取るために。そしてマリィは1階の図書館司書の部屋に預けてきた。戦いになるとマリィを巻き込むわけにはいかないからだ。
僕とカミーラは、まず左右に分かれて構えた。コリウスさんを挟み撃ちにする作戦だった。
コリウスさんは僕たちの動きを目で追うことは全くしない。見えているのかどうなのかわからないが、彼は手元の杖を振り回してつぶやいている。
「風よ吹けえぇい!」
コリウスさんがそう叫ぶと同時に、カエデさんも続けた。
「ディスペル!」
カエデさんが使ったのは詠唱を中断させる魔法だった。
コリウスさんの魔法は打ち消されたのか、辺りには風などは発生していない。
「カミーラ! 今だ! 行くぞ!」
僕はそう叫んだ。
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