『真紅の華』の華麗なる冒険活劇 Ⅱ ジュリアン視点

「ハァハァ、ここはどこなの……。降りてるのか、登ってるのかもわからないわ」


 ジュリアンこと、あたしは途方にくれていた。


 さっさと下山しようとして、夜明けを待たずに村を出たあたしだったが、朝方になって道を見失っていることに気がついた。


 湿原を抜けたまではよかったが、森に入ると視界が悪く完全に迷ってしまった。


「やはり、明るくなってから山を降りればよかったわ。もう……一体ここはどこなのよ!」


 ヒステリックに叫んだところで、自分の声が周囲にコダマするだけだった。


 深い森の中で孤独なあたしは、カバンから竜の鱗を取り出した。


 入手難度Sランクのアイテムをぎゅっと握りしめる。


「ふふ、このレアアイテムはあたしだけのもの。さっさと下山してこれで不老不死の秘薬を作るのよ」


 あたしは、きらりと光る竜の鱗をうっとりと眺めながら歩いた。


「見てなさい。永久の美を手にしたあたしは、歴史に名を残す女性になってみせるんだから」



 ズルッ!



「っきゃ!」



 その時、あたしは木の根を踏んで滑った。



 ズシャアァ!



「きゃああああぁぁ!」



 あたしは、崖から真っ逆さまに滑り落ちた。


 ドスンッ!


「イタタタ……。いったーい! なんなのよもう!」


 ズキッ! ズキッ!


「えっ、ヤダ! 足が折れてる! いったああぁぁい! ううぅぅ」


 立ち上がろうとするが、折れている足に激痛が走り、立つことすら出来なかった。


「うっ、ぐぐ、くううぅ、痛い……」


 尋常じゃない痛みが後から襲ってきた。本当にヤバいケガだった。


「ううぅ、ヤバい、どうしよ。これじゃ歩けない。ううぅ、いたいよぉ……」


 痛みと自分への不甲斐なさで、涙と鼻水が出てくる。


「ううぅ、いったぁい……ヤバイよぉ、どうしよぅ。誰か助けて……」


 あたしは、思いっきり声をあげた。



「誰かあああああぁぁ! 誰か、いませんかああああぁぁ」



 あたしの叫び声がむなしくコダマするだけだった。


 あたしは、心細くなってきた。


 深い森の中、どこかもわからない場所だった。


 せめて人の通りそうな道まで、這ってでも行こうとしたが、どの方向に行けばいいかわからない。


 元々迷ってたうえに、更に崖下に落ちたのだから、もはやどこにいるかわかるはずもなかった。


 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。


 このままじゃマジでヤバいと思ったあたしは、とにかく地面を這いつくばって移動することにした。


「飲み水を確保して、人が通りかかるのを待つわ。とりあえず水のある場所まで向かわないと」




 汚い土の上を、あたしは泥だらけになりながら移動した。


「なんで、あたしが……こんな目に……ううぅ、汚い、顔が汚れちゃう……」


 汗まみれの顔に落ち葉が張りついて気持ち悪かった。それを手で拭おうとしたら

今度は手の泥が顔についた。


 手で顔を拭うと汗と泥でヌルヌルした。なんとも不快な気分だった。


「っぺ。気持ち悪っ。ああぁ足も痛い、痛い痛い痛い」


 あたしは、口にまで入ってくる汗と泥を吐き出した。そして足の痛みをこらえながら這いつくばって進み始めた。




 その後、地面を40分ほど這いつくばって移動した頃、とんでもないことに気がついた。


「えっ! ウソ!」


 あたしは、ガサゴソとカバンを探る。


「っ!! っえええぇ! ない! ない!」


 血の気がいっきに引いた。


「竜の鱗がない! 落としたのお!?」


 そんなはずないと思って、カバンや服の中を探るが、どこにも入ってなかった。


「うそ! うそでしょおおぉ! あれがないと……」


 あたしの頭の中を、絶望の二文字が埋め尽くしていた。


「あれがないと……何のためにこんな……村に火まで放ってきたのに……」



 あたしは、しばしの間放心状態になった。気力が無くなり動けなくなったのだ。



「ヤバい、竜の鱗を……あんな貴重な物を落とすなんて……探しに戻る? いやいや、そんなことしてられない。死ぬかもしれないってのに」


 ぐるぐる、ぐるぐると選択肢が頭の中をかけ巡る。


「本当に死ぬかもしれない。でも竜の鱗を探しに戻る選択はないわ。命のほうが大事よ……。とにかくこのまま水辺を探さないと」


 なんとか、気を取り直して目標を定めた。


 その時、周囲に嫌な気配がした。




 このとき、あたしはまだこの森の本当の恐ろしさをわかっていなかった。

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