ドラゴンの眠る地

第三十話 神ノ山 大自然を仰ぐ

 エリックが消息を立ってから二週間。


 僕たちは卒なくクエストをこなす日々を送っていた。


 その日も僕とシンシアとカミーラはギルドに集まっていた。


「やあ、ラルクさん。久しぶり。そっちはシンシアさんだっけ?」


 ギルド長が僕たちに話しかけてきた。


「どうも……」


 シンシアはペコリとお辞儀をする。


「シンシアさんって、ラルクさんと組む前はSランクパーティの『真紅の華』にいたよな?」


「えぇ、そうですが……」


「ああ、すまねえな不躾ぶしつけに。実は『真紅の華』のメンバーがクエストから戻ってこないんだ」


「えぇ、そうなんですか!」


「ギルド長、何があったんですか?」


「もう10日ほど前かな。神ノ山に行くと言って出てったが、戻ってこねえ。長くても一週間ほどで戻る予定のはずだったんだが……」


「神ノ山、ですか」


「ほわわ〜、神ノ山ってどこですかー?」


 カミーラが尋ねてくる。シンシアも首をかしげている。


「あの窓から見えるだろ。あの一番高い山、そしてその周辺の山脈が神ノ山と呼ばれてるんだ。めったに人は行かない場所だよ」


 そう言うと二人とも感心していた。


「ほわ〜、ラルクは物知りなのですぅ」

「なんでも知ってますね、ラルクさん」


 二人にそう言われて恥ずかしかった。


「ギルド長、『真紅の華』の人たちが受けたのは、どんなクエストなんですか?」


「大したことねぇよ。ただ神ノ山にある村の様子を見に行くってだけのものだ。道中は険しいが、彼女たちの実力なら一週間あれば充分に行って戻ってこられるはずだ。そもそも食料も10日分も持って行ってないしな」


「それは……心配ですね」


 僕はそう言いながら、シンシアの顔をうかがった。彼女は『真紅の華』を追放された身なので複雑な思いかもしれない。


「なあ、ラルクさん。悪いけど……」


 ギルド長がそう言いかけた時、シンシアが叫んだ。


「行きましょう! ラルクさん!」


「えっ?」


「ジュリアンさんたちが心配です。わたしたちも神ノ山に行きましょう!」


 シンシアはまっすぐに僕を見つめてそう言った。


 ギルド長が驚いた顔をしながら、僕の顔を見てきた。


「そうなんだ! 実は俺もそれを頼もうと思ってたんだ。ラルクさん、神ノ山に行ってくれねえか? 『真紅の華』の安否を確認してきてほしいんだ」


「は、はい。わかりました」


 ギルドからの依頼を断るつもりはなかったが、シンシアと因縁のある『真紅の華』だ。どうしようかと思っていたが、シンシアも彼女たちのことを心配しているようだ。




「シンシアは優しいな」


 僕は、帰り道で彼女にそう言った。


「いえ、そんなことは……ただ知っている人の安否がわからないのは、心配です」


「そうだね。じゃあシンシア、カミーラ。出発は明日だ。また」




 翌朝、僕たちは『神ノ山』に向けて出発した。


『神ノ山』はこの王国を囲んでいる標高3000メートルからなる山々のうち、最も高くそびえ立つ山の事だ。


 その山頂は剣の先のように尖っており、頂上には神がいるとか、ドラゴンが生息しているなどのウワサが絶えない。


 2000メートル付近までは山道が整備されているが、そこから先は神の領域とされており、通常、一般人は立ち入ることができないとされている。


 僕たちは朝早くに出発して、2000メートル付近にある村を目指した。




 早朝だったためか、脇道の草木には霜が降りていた。その中を僕たちは一歩ずつ登っていく。


 山道の両側に立ち並ぶ大きなブナの木が、森の豊かさをよく表している。この辺り一体を育んでいるのは、豊かな土壌と生物たちだろう。


 何千年もかけて作られた大自然の森は、今後も何千年もの間、この土地を守っていくに違いない。




 標高1000メートル付近まで登ると森が終わり、高原に出た。この高さまで来ると、もう大きな木は生えていない。背丈の低い植物が生える湿原が広がっていた。


 太陽は、真上まで昇っていた。


「自然がいっぱい! キレイな場所なのですぅ! あっ! 大きな赤い花が咲いてるのですぅ!」


「あれは、レッドツツジだね。その隣はムラサキユリ。この辺りに咲いているのは、この山でしか見られない珍しい植物ばかりだ」


「ラルクさん、お詳しいんですね」


「ここらは湿原になっているだろう? 通常、この高さにある湿原は珍しいんだ。だからこそ、ここにしかない未知の生態系もたくさんあるんだよ」


「アタシは難しいことはわからないのですぅ、でもこの自然は大切にしないといけないと思うのですぅ」


「そのとおりだね。一人ひとりがそう思うことが大事なんだと思うよ」




 そうしているうちに、日が暮れてしまった。


「今日はもうここで野宿しよう。明日の朝早くに出発して、昼までには村に着ければいいかな」


 僕とシンシアとカミーラは、その夜は三人でキャンプを楽しんだ。




 そして早朝、夜が明けないうちからまた出発した。


「眠いのですぅ。頭がボケボケするのですぅ」


「カミーラ。足元暗いから気をつけて!」


「アア! なんか見たことないトリがいるのですぅ!」


 朝夕は霧が濃く、視界が悪い。しかし、そんな時を狙って活動する珍しい鳥がいる。


「なんですかー? あのトリは!」


 キレイな青白い羽毛を纏った体長50センチほどの鳥がいた。


「あれは! サンダーイーグルだ! 珍しいね」


「珍しいのですかー?」


「神ノ山に生息している中でも最も生態のわかってない鳥だね。天候を操るとも言われている。見かけたら天気が急に崩れたり、とかね」


「羽毛がビリビリ言ってますぅ! 雷が落ちるですかー?」


「サンダーイーグルが天気を操るわけじゃなくて、天敵を避けるためにわざと悪天候の時を狙って活動的になるのさ。だから見かけたら天気が悪くなるというのはそういう理由だね」


「ふむふむー。ラルクは物知りなのですぅ!」


「ラルクさん、動植物の知識スゴイですね」


「いやいや、大したこと無いよ」




 こうして、昼には村に辿り着くことができた。

 そこは天竜族が住むと言われる、幻の村だった。

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