勇者エリックの逃走劇 Ⅰ エリック視点

「おい、起きろ。ここから出るんだ」


「あっ? なんだ?」


 ギイギイと音を立てて、鉄格子が開かれた。


 兵士が鉄格子の扉を開けて立っている。さっきまで見張りをしていたはずの兵士が、なぜか俺を逃がそうとしてくれている。


「何してんだお前。頭がイカれてるのか?」


 俺は、兵士に向かってそう言った。


「出たくないのか? どうなんだ」


「っけ、知らねえぞ。どうなっても」


 俺は地下牢から出た。兵士はニヤニヤ笑いながら俺を見送っていた。


(なんだアイツは。どうなってやがる……)


 深夜の城内は静まり返っており、結局俺は裏口からまんまと逃げおおせることが出来た。


(あっけなく脱獄出来ちまった。わかんねえもんだな。まあいいか)


 まさか捕まってから一日も経たずに出られるとは思っていなかった。俺は昨日のことを思い出していた。





 俺こと、エリックがSランク冒険者だったのはもう過去のことだ。


 昨日、マウリの里にクエストに行った際に暴走して捕まった俺は、城に連行され地下牢にブチ込まれた。


 俺は冒険者としての登録を抹消され、リーダーとして所属していたパーティ『†栄光の騎士団†』は解散になった。




「ここで大人しくしているんだな。三日後の裁判まで、しっかりと反省して悔い改めるように」


 鉄格子の向こうで、俺を捕まえた英雄アレスが偉そうな口を利いていた。


「っけ! 目障りだ! さっさと行けよ!」




 しばらく寝転がっていた。牢屋の床は無機質で冷たかった。まだ一時間も経ってないのに随分と長く感じた。


「くそ! くそ! くっそ! なんっでこんなことに!」


 床を拳で叩くと、衝撃で腹のキズが痛んだ。


「っぐ! いてえぇ。ちくしょおおぉ」


 俺はヤツの顔を思い浮かべた。


「ラルクの野郎! ふざけやがって! 荷物持ちの分際で俺に盾突きやがって!! あんなヤツに斬られるなんて屈辱だ! うがああああ、ちくしょおおぉぉ!」


 俺を見下していたラルクの目を思い出し、俺は吐きそうになるくらいの怒りと屈辱に身悶えていた。


「ああああああ! 許せねえ。あんなヤツが俺に! 俺は貴族だぞ! なんでこんなところにいる! ふざけるなよ。あんな平民を殺そうとしたくらいでなんで犯罪になるんだ! あんな野郎の命より俺の命のほうが重いに決まってるのに! ああああああ! イライラするううぅ! ヤツの顔に一発ブチ込まなきゃ気がすまねえ」


 冷たい地下牢の中で、心の奥底で煮えたぎる怒りに酔いしれていた。そうでもしないと現実を受け入れることが出来ない。今の状況は到底認めることが出来ないものだった。


「ラルク! ラルク! ラルク! ラルクうううう! 許せねえ! ヤツの腹をかっさばいてハラワタ引きずり出してやる! ハラワタを全部出した後の腹の中にクソしてやるぜ! そんで丸焼きにしてヤツの仲間に食わせるんだ! あの大人しそうな仲間たちに泣きながら食わせてやる。それくらいしねえと気がすまねえ! あああああああああ、あいつに斬られた腹がいてえええええぇぇぇ、ちくしょう!」




 夜になるまで、そんなことをずっとずっと考えていた。狂ってしまいそうになりながら。そしていつの間にか眠ってしまった。




 そして深夜、なぜか見張りの兵士が俺を逃してくれたわけだ。


「なんでかわからんが、速攻で逃げれてよかったぜ。だがこれからどうする。人目に付くことはできねえ。とりあえず町で食料をかっぱらって森にでも逃げ込むか」


 貴族であるはずの俺が、逃亡者としての生活をするのは屈辱だが仕方ない。あんな牢屋にいるよりはマシだった。


「とりあえず、ほとぼりが冷めるまで逃げていればなんとかなるだろ。気楽にいくぜ。まずは食料だ」




 町で食料と剣をかっぱらった俺は、東の森に逃げ込んだ。この森はうっそうとしていて、あまり人がこないので潜伏するにはうってつけな場所だった。




「くくく、この森に隠れてしばらくやり過ごしてやる。ラルク、また会いに行ってやるからな! 首を洗って待ってろよ!」






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あとがき


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