第二話 女神サリ様が転んだら

 うつらうつらと目が覚める。

 私は何も無い真っ白な空間に横たわっており、ゆっくり起き上がってみる。

 その空間は距離感がつかめず、地平線のようなものが四方に広がっている。

 よく見渡すと一点の光がずっと向こうに見えたので、導かれるように歩いて行った。

 着ている物。服と言える物ではなく、何の生地かわからない綺麗な白い布に首を通す穴があり、それを被っているだけだった。

 ん…… 何だかスースーする。

 布の上から思わず股間を掴んでみた。

 ぐはっ!? 布の下は裸じゃないか。

 いやまてよ。私は確か交通事故に遭って、それから気が遠くなりどうにかなった。


 地球には存在しそうに無い非現実的な場所にいる。

 夢なのか。やっぱり死んだのか?

 だとすれば、死後の世界って三途の川もさいの河原も無いのだな。


 五分歩いたのか一時間も歩いたのか時間の感覚さえもわからないが、その一点の光の前へ到着した。

 その淡く優しい光が突然ピカッと光った瞬間、私は光に覆われた。


 光が無くなると目の前にギリシャ神話風の神殿があり、そこに一人の男が立っていた。

 上下とも古代西洋風の白い服を着ており、背は百八十センチくらいだろうか。

 金髪のロングヘアーで後ろを束ねており、顔の見た目が二十代、やや可愛げのある中性的な感じ。

 要するにイケメンだ。うらやましい。


「マヤ・モーリ殿。女神サリ様がお待ちしておりますので、どうぞこちらへ」


「ああ、はい」


 女神だって!?

 この空間に来て初めて人と会話した。

 不思議なことに日本語で聞こえる。

 私の名前が西洋式で呼ばれた。

 それより何故私の名を知っているのだろう。

 金髪ロン毛男に案内され、広い通路を無言で付いて歩いていく。

 彼の他に、周りは誰もいない。

 百メートルほど歩いて短い階段を上がると、高さ五メートルはあろう大きな扉がある。

 男が扉を軽く押しただけで、ガガゴゴと大きな音を立て自動的に開いた。


 王様がいる謁見えっけんの間のような大きな部屋で、その先の壇上には豪華な椅子に座った女性がいる。

 白い女神ワンピース、グラディエーターサンダルを履き、色白で髪の毛の色は紫がかった黒のロングヘアー。

 見た目は十六、七歳だが、この女の子のことを女神と言っていたから、神様の年齢なんて人間基準では計れないだろう。

 可愛いけれど威厳がありそうなオーラが立ち、日本人から見ても超絶美女である。

 私は壇上の下で、女神様の前に立つ。


(おや、やっとおっさんが来たようね)

『ナルス、下がってください』


「はい」


 彼はナルスっていうのか。

 ギリシャ神話ではナルキッソスという美青年がいて、ナルシストの語源にもなったというが、彼はどうなのかな。

 彼は一礼し、ゆっくりと神殿の入り口まで戻っていった。


「――こんにちは」


『マヤ・モーリさん』


「はい」


 ゆっくりとした話し方で、透き通るような優しく美しい声だ。

 そういえば私の格好は、白い布の下は裸なので美女の前では恥ずかしい。

 だがこんなおっさんの裸など誰得だろうかと思ったらどうでもよくなった。

 私がもし変態だったら女神様の前でガバーッと布を広げてしまうのだろうか、などと余計なことも考えた。

 真面目にしないといけないときにこんな馬鹿なことを考えるのも、漫画をたくさん読んだ影響だろう。


『初めまして。私はこの天界の神、サリといいます。

 残念ですが、あなたは不幸にも交通事故でお亡くなりになりました』

(意外に早く死んじゃったのよねえ。私には都合が良かったけれど)


 ああ…… それを聞いて私は死んだんだと実感した。

 この空間は夢かとも思っていたけれど、いつも見る夢より現実感がある。


『輪廻転生した魂の中で、私たち神が強い力のものをりすぐり探したのがあなたなのです。

 しかし今まで生活をしてこられた世界の地球では力が発動することがなく、全く発揮することがありませんでした』

(地球にはまったく魔素が無いから魔法が無いのよ。力も普通の人間並み。

 でもなんで魔法を想像する文化があるのかしら)


「えっ? 一体それは……」


『何かの間違いで魂が本来行くべき世界へ降りず、別の世界へ降りてしまったのです。

 そこであなたは五十年間過ごしたということです』

(これねえ。誰にも言えないけれど……

 私が世界をうっかり見間違えて、魂をポイっと落としちゃったのよ。

 両方とも見た目はよく似てるのよね~)


 呆気あっけにとられながらその言葉を聞いた。


「それでは、日本があって、地球があって、宇宙があって、さらに別の世界があるということですか?」


『そういうことです。察しがよろしいですね。

 世界は全部で六十四あるのです。

 その中の世界の一つに本来降りるべき世界があり、これからあなたにはそこで改めて生活をしてもらいます』

(そうそう、やっとやり直せるわね)


 おいおい、話が胡散臭くなってきたぞ。

 これでは丸っきり異世界転生じゃないか。

 ラノベか? アニメなのか?

 やっぱり夢なのだろうかと混乱してきた。


 異世界転生アニメでもこんなふうに女神様と出会って異世界へ行く話がいくつもあったぞ。

 この女神様はいたって真面目そうな普通の女神様らしい女神様で、アニメみたいなアホの子や変態ではなさそうに見えるが……


『どうかしましたか?』

(このおっさんオタクっぽいけど、私のこと変に思ってない?)


「いえ、何でもありません……」


『それで先ほどあなたの魂には強い力があるとお話ししましたが、その世界へ行っただけでは全ての力を出すことが出来ません。

 何かのきっかけで力の一つ一つが解放されるのですが、どんなきっかけで、どのタイミングで、どんな力があるのか、あなたの行動次第で決まります』

(ごめんね。あなたに丸投げして)


「はぁ なかなか行き当たりばったりなんですね」


『あなたがこれから行く世界は魔法が使えます。

 その世界の人々全てが魔法を使えるわけではないのですが、あなたはきっと使えるようになるでしょう』

(地球に長らく住んでいたら、使える世界へ戻ってきても使えなくなっちゃうの。

 でもきっかけさえあれば徐々に復活するわ)


「魔法が使えるって…… ええ?」


 いよいよファンタジーな世界だな。

 RPGみたいに火を噴いたり傷を治したり出来るのだろうか。


『何故あなたがその世界に行って頂くのかをこれからお話しします。

 その世界の名は【ネイティシス】と言います。

 ネイティシスでは七十年ほど前から少しずつ【歪み】が現れており、不浄ふじょうの力が発生して魔物が出てきています。

 本来五十年前にあなたが行くはずでしたがそれが出来なかったので、その間に魔物が力をつけてきました。

 ですが今のところは大きな混乱はなくまだ平和と言っていいでしょう』


「その平和なうちに私に魔物退治をしてほしいと?」


『はい。察しがよろしいですね。

 ただ魔物退治だけでは解決になりません。歪みを見つけてそれを正して欲しいのです。

 歪みとは、恐らく別の世界と何らかの影響で繋がってしまった穴だと私は予想していますが、確認は出来ていません。

 その穴を塞いで欲しいのですがどこにいくつあるのか見当が付きません。

 それぞれの世界の問題はそこに住んでいる人たちが解決することであって、私たち神は大きな干渉ができません。

 放っておくといずれその世界は崩壊するでしょう』


 ただのおっさんでしかないのに、ドえらいことを任されてしまったな。

 強い力の魂をりすぐり、なんて言っていたけれど私自身がそんな特別な存在だなんて全く自覚できないし、他にも強い者がいなかったのだろうか。


『向こうの世界では、あなた一人の力だけでは解決できません。

 何人かの仲間を見つけて、助け合ってやってください。

 私も時々様子を見ますが、いつかあなたが力をつけてきたときに念じれば私と話が出来るようになります。

 困ったときにはアドバイスぐらい出来るでしょう』

(彼が大きな魔力を解放出来るようにならないと、念話が出来ないのよね。

 適当なときに私もネイティシスに降りてみるから)


 仲間を見つけるのか。RPGみたいに偶然出会ったり冒険者ギルドで見つけることになるのだろうか。

 話的に五十歳の勇者ってウケないと思うんだが、どうなのかね。


 だいたいなんで私がそんなことを背負う義務があるんだ?

 断ることが出来るのか?

 だが断ったらどうなる?

 地獄みたいなところへ捨てられたら嫌だなあ。相手は神様だし。

 五十年何となく生きてきて、ただ仕事をしてお金をもらっての生活だったから、何かを成し遂げたり、誰一人幸せにしたことも無かった。

 どうせ一度死んだ身だ。

 新しい世界でやり直してみるのも一興だろう。

 何か楽しいことがあるのかも知れない。


『一通り話は終わりました。早速あなたにはネイティシスに行ってもらいます』

(さ、おっさん早く行っちゃいなよ)


 本当に早速だよ。しかしここにいても何も始まりそうにない。

 女神サリ様は段差を降りて前へ進む。


『あっ』


 ずでーん


 と、女神サリ様は前の段差を踏み外して見事に転び、うつ伏せでお尻が上がっている体勢、そしてワンピースのスカートが大胆にめくれ上がっている。


 ――おおおっ!

 純白で桃尻が半分見えるハーフバック!

 美しい模様のレースをあしらっている、半分透けてるセクシーぱんつのお尻が丸見えなのである。

 そして太すぎず細すぎず、素晴らしい太ももの裏!


 神様ありがとう!

 て、神様本人がぱんつを見せているのではないか。

 それにしても女神様って、あんなぱんつをどこで手に入れているのだろう?

 地球のぱんつそのものだが、下界に降りて買いに行っているのかね?


 女神サリ様はハッとして慌ただしく立ち上がる。

(あやややや、やっちゃったよ~ たまに何も無いところでもコケちゃうの……

 この段差でコケたのも三度目だし、ここもバリアフリー化しようかしら)


『見ましたね?』

(うわぁ~ おっさんにぱんつ見られたかなあ。

 しかも地球のイタリアという国で買ってきた、お気に入りの高級ぱんつ……)


 女神サリ様はジト目でにらんでいる。


「え? 何をですか? 何も見ていませんよ」


 仕事柄持ち技の作り微笑みで返答するが、顔から滝汗が出てくる。

 まるで漫画のようなラッキースケベだ。

 女神様は意外にドジッ娘なのかもしれない。

 今更だが私は人並み以上の【ムッツリ】だと思っている。


『ま まあ、よろしいでしょう。

 それから手違いがあったお詫びに、あなたの生前最後の願いを叶えましょう。

 必ず結婚できますよ』

(おっさん、絶対見てたよなあ…… もういいわ……

 私も悪いことしたから、独身だったかわいそうなおっさんにはプレゼントするわ。

 大変なことをやってもらうから身体を若くするのは勿論だけれど、嫁が何人になるかな……

 前世の記憶も消さないで、いろいろサービスしちゃうよ。ふふふ)


 え? 結婚? そんな願い事をしたっけ?

 そういえば事故に遭った直後、意識が朦朧(もうろう)としていたがそんなことをつぶやいた気がする。

 確かに嬉しいが、こんな五十歳のおっさんと結婚してくれる人がいるのか?

 それはともかく、ぱんつのことは何もならなくてよかったよ。

 ぱんつを見た神の怒りってそりゃ恐ろしいことになると想像してしまう。


 ギリシャ神話では、女神アルテミスが裸で水浴びをしていたら、猟犬を連れていた猟師がたまたま裸のアルテミスを見てしまい、怒ったアルテミスは猟師を鹿の姿に変えてしまう。

 そして鹿になってしまった猟師は自分の猟犬に食われてしまうという恐ろしい話がある。


『私の前に来て、背を低くしてください』


 私はサリ様の前に来てひざまずき、右の手のひらを私の額に当てた。


『それでは、頑張ってください。ごきげんよう』

(はーい、さっさと行ってらっしゃい~ バイバイ~)


 ごきげんようなんてお嬢様学校の言葉を実際に耳にしたのは初めてだよ。

 女神サリ様の力で私の身体は光に包まれ、意識を失った。


(ふぅ~、行っちゃった。あ、お金をあげるの忘れちゃった。ま、いいか)

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