第7話
まさに人生最高の時期である俺のもとにまた神様が現れた。
「やあ、神様だよ」
俺は神様にひれ伏した。
「神様、このたびはありがとうございます!」
「それは良かった。じゃあまた話を聞いてもらうよ。これが最後になるよ。これできみの恋愛は万全になるよ」
「はい!」
俺が大声で返事するとまた神様の一人語りが始まった。
今日はいくつかの物語を語るとしよう。まずは、ある男の話をしたいと思う。その男は、いわゆる一流大学を優秀な成績で卒業し、大手証券会社に就職した。彼は営業マンとして、順調に実績を上げていった。成績優秀だったから上司の評価も高く、出世コースに乗ったと言ってもいいだろう。しかし、ある時を境に彼の人生は大きく狂いだしてしまう。
そのきっかけは些細なことだった。彼が得意先回りをしている時、ふとしたことから小さなミスを犯してしまったのだ。彼は焦った。取引先の信頼を失うわけにはいかないからだ。だが、この程度なら挽回することは可能だと踏んだ。しかし、事態は彼の予想に反してどんどん悪化していった。なぜか?それは、この取引をきっかけに、会社全体を巻き込むような大きな問題が発覚するきっかけとなったからである。そう、会社のお金に手をつけていた人間がいたということが露見したのだ。
この一件で会社は大騒ぎとなった。そして、当然のことながら、この男にも疑いがかけられることとなった。男は窮地に立たされた。しかし、男の上司がこう言ったことで状況が変わった。
「確かにお前は問題を起こした。だけどな、その責任を取る前にすることがあるだろう?」
「えっ、それって……」
「もちろん、会社をクビになるかもしれないな。でもな、一番大事なことは、会社に迷惑をかけたことを謝ることじゃないか?それに、仮に無実だったらどうするんだ?会社の信用は失墜するぞ。そうなれば、お前の家族だって大変なことになる。だから、とりあえず今は頭を冷やせ。いいか、これは命令だ。分かったな」
「……はい」
男は項垂れながら返事をした。
(神様迫真の演技じゃん……)
「よし、それなら行ってこい」
「ありがとうございます」
「いいからさっさと行け」
「失礼します」
「全く、面倒くさい奴め。こっちの身にもなって欲しいもんだよな」
「えっと、こちらは現場の……」
カメラが切り替わる。
「はい、ここは東京にある某研究所の中になります。本日は、ここで先ほど起こった事件について説明したいと思います」
画面が切り替わり、画面中央に一人の男の顔が映る。
「あの男は、二週間前に起きた連続無差別殺人事件の主犯格と目されていた人物です。警察は、逮捕した容疑者を取り調べた結果、犯行を認める供述をしたと発表しました。しかし、その後、被疑者が自殺を図り病院に搬送されました。その際、意識不明のまま医師から死亡が確認されています。警察当局は、この事件との関連についても調べを進めています。以上です」
画面が切り替わった。
「次のニュースです。先週金曜日に発生した『男子高生リンチ殺人事件』に関連して、新たに二人の少年が逮捕されました。彼らは、一年ほど前から都内各地で同様の手口による集団暴行を繰り返していたと認めています。少年たちは、いずれも容疑を認めているということなのですが、なぜこのような事件を起こしたのかについては、いまだに口を閉ざしたままでいます。警察の捜査によりますと、少年たちには、被害者たちに何らかの共通点があるのではないかという疑いが出てきているようです。これについて、専門家の方からコメントをいただければと思っております」
画面が切り替わり、若い女性が映し出された。
「はい、どうも。えーっと、今回の件ですが、犯人たちの供述内容によれば、彼らにはなんらかの共通項があったのではないかと考えられています。そして、そのことが被害者の方たちを苦しめることになったのではないかと。つまり、彼らもまた、いじめの被害を受けた者たちだったのかもしれませんね」
「なに!?」
男性が驚いて立ち上がった。
「なにを言ってるんだ!バカなことを言うな!」
「お父さん、落ち着いてください。今は、まだ仮説の段階ですから」
若い男が
「しかし、もし本当だとしたら大変なことになるぞ」
「わかっています」
「おい、今すぐ官邸に連絡を取れ。すぐに総理に確認するんだ。いいか、絶対に失礼のないようにするんだぞ」
「はい、わかりました」
「もしもし、こちらは官房長官ですが、そちらはどなたですか?」
(ここら辺誰が誰だかわっかんねぇ……)
「私は、内閣総理大臣補佐官をしております。丸田と申します。突然の連絡をお許しください。実は、たった今、我が党において重大な方針変更がありました。それで、総理に確認したいことがありまして電話をいたしました」
「ほう、それはいったいどういうことかね」
「はい。先ほど、国会で総理が『日本列島改造論』に関する演説をされましたが、その際に、総理は、新しい時代を切り拓くために『開拓』が必要だと訴えられました。そこで質問なんですが、その『開拓』というのは具体的にどうすればいいのですか?」
「うん。そうだな。君たちは、開拓者という言葉を聞いたことがあるだろう。これは、未開の地を切り開いていく者たちのことなのだ。だから、我々は、この国を新しく生まれ変わらせていく必要があるのだ。そして、そのために必要なのが、新たなフロンティア精神を持った人材たちなんだよ」
「なるほど。ありがとうございます。では、失礼します」
男性アナウンサーが言った。
「はい。えー、総理の答弁を振り返ってみたいと思います。総理は、今年のテーマを開拓の『拓』とし、新しい時代を拓くために『フロンティア精神』が必要だと述べました。総理が示したこの国の将来像は、まさにフロンティア精神そのものと言えます。新しい技術や方法を取り入れて、日本を再び豊かな国にしていくというビジョンを示したのですから」
画面が切り替わり、総理の顔写真と経歴紹介の映像に切り替わる。
「それでは、次に、現在の日本の課題について見ていきたいと思います」
映像が変わり、地図が表示される。そこには様々な色のピンが立っていた。
「こちらは、日本をいくつかの地域に区分したものです。それぞれの地域には、それぞれの特徴があります。例えば、この赤い地域は、比較的温暖な気候であり、雨が多く、水資源に恵まれた地域です。一方で、この青い地域では、降水量が少なく、乾燥している地域です。さらに、この黄色い地域も特徴的で、四季の変化が大きく、非常に多様な自然環境を有しています。このような地域をうまく組み合わせることで、豊かな自然と共存しながら生活していくことが可能になります。このように、日本列島という枠組みを有効活用することで、日本全体の活性化を図ることができるのです」
画面が変わり、総理の顔写真と経歴紹介の映像に切り替わる。
「今から三十数年前、日本は高度成長期にありました。道路整備によって輸送効率が上がり、経済成長率も上がりました。また、公害対策により環境問題がクローズアップされました。さらに、都市開発が進み、大都市への人口流入が続きます。そして、そのことが地方の過疎化という問題を引き起こします。こうして日本の国土は狭まり続け、ついには太平洋ベルト地帯と呼ばれる地域まで後退していきました。この国の将来を憂えた我々は、ある決断を下します。それが、『日本列島改造論』です」
画面が切り替わり、当時の映像が流れる。
「当時の建設省大臣だった田中角栄氏が提唱し、その後、実現に向けて動き始めます。道路整備による物流効率化と公害対策の推進、地方の開発と活性化、過密化した都市の解消を目的とした都市環境の整備。これら三点を同時に進めることによって、この国を再び豊かな国にすることを目指したのです。しかし、これは簡単なことではありませんでした。なにしろ、国家プロジェクトとして進めることになったわけですからね。そのためには莫大な資金が必要となりました。そこで政府は国民の皆様に負担を求めなければなりませんでした。そうして生まれたのが、国民総生産の二パーセントに当たるお金を集めることができたわけです。これがいわゆる『列島改造景気』です」
画面が変わり、当時の映像が流れる。
「この二十年間というもの、我が国の経済は停滞し続けていました。人口は減り続け、企業は海外へと進出しました。その結果、国内市場は縮小の一途をたどりました。一方、海外へ目を向けると、かつてないほどの好景気に突入しています。アジア諸国を中心に需要が伸び続け、輸出額は過去最高を記録しました。この流れを止めることはできません。もはや我が国経済はこの道を突き進むしかない状況なのです。とはいえ、このままではいけないことも事実です。それこそが、私が掲げたテーマである『拓』という文字の意味するところです。これからの時代は、これまでのやり方や考え方ではなく、新しい発想に基づく改革が必要なのです。つまり、フロンティア精神を持って取り組まなければならないということです」
画面が切り替わり、総理の顔写真と経歴紹介の映像が流れる。
「今から三十数年前、日本は高度成長期にありました。道路整備によって輸送効率が上がり、経済成長率も上がりました。また、公害対策により環境問題がクローズアップされました。さらに、都市開発が進み、大都市への人口流入が続きます。そして、そのことが地方の過疎化という問題を引き起こします……」
「すいません神様そのくだりさっきも聞きました!」
そうか、じゃあ、この話はこれくらいにしておくよ。えっと、次は、そう、これは君が初めて見るニュースになるはずだ。
画面が切り替わる。
「こちらは、国会議事堂前の様子です」
若い男性がカメラに向かって話しかけていた。
「みなさんこんにちは。僕は、今日から内閣総理大臣になった男です。この国をより良い方向へと導けるように頑張りたいと思っています。よろしくお願いいたします」
「総理大臣閣下、おめでとうございます。早速ですが、今回の選挙で政権与党となった民衆党はどのような政策を掲げるつもりでしょうか? ぜひ、聞かせてください」
「もちろん、『日本列島改造論』ですよ。国土の均衡ある発展のためには、この国の形を変えなければならないんです。具体的には、日本列島を四つに分けるべきだと思います。本州、四国、北海道、九州を各四分割して、それぞれを独立した州とする。それぞれの州は、日本全体の約二パーセントにあたる面積を持つことになるわけですね。この配分比率については、すでに私の方で計算しています。その数値をもとに、これから具体的な議論を始めようと思っているところです」
「なるほど、さすがは総理大臣です。しかし、一つ気になることがあるのですが、それはなぜ『列島』という呼び方をするのかということなのです。たとえば、オーストラリア大陸などはどうでしょう。あるいは、アフリカ大陸は?」
「ははは。そんなの決まっているじゃないですか。大陸だからです。日本列島は島ですからね。『列島』と呼ぶのがふさわしいんですよ。他の二つの地域についても、それに準じた名称をつければ問題ありません。日本は島国であり、だからこそ他国からの侵略を受ける心配がないわけです。逆に言えば、もし日本が島ではなく大陸だったら、たちまち戦争が起きていたはずです。そう考えていくと、日本の領土が島であるというのは、実にラッキーなことだと思えませんか?」
「確かにそうかもしれませんが、その理屈で言うと、沖縄や小笠原などの島々も、大陸の一部だということになってしまいますよ」
「いいえ、違いますよ。彼らはあくまで独立国家として認められていますから。まあ、それはともかく、私が言いたいことは、つまり、我々が目指すべきなのは、新しい国家のありかただというわけです。これまでのやり方や考え方を見直して、新しい時代にふさわしいものに変えなければならないのです。そのためには、国民の皆さんの協力が必要です。この国をより良い方向へと導いていけるのは、私のような選ばれた人間だけではありません。みなさんも同じです。みなさん一人ひとりが意識を変えていかなければ、この国は良くならない。そう思いませんか?」
「そ、総理……」
「なにかな? 君」
「いやぁ、やっぱりすごい人だなって思って」
「ありがとう。君は素直でいい子だね。そんな君のことが大好きだよ。ところで、今日は何曜日だったっけ?」
「火曜日です」
「そうか。じゃあ、明日は水曜日なんだね。ということは、今日は木曜日ということになるわけだ。ということは、明日は金曜日になるんだね。そして、明後日は土曜日になって、日曜日はお休みだから、月曜日は祝日というわけだから、つまり、明日は水曜日だから、あさっては木曜日で、その次は金曜日になるわけだから、土・日の二連休は来週になるというわけだ。わかった?」
(は?何言ってんの神様?)
「わかりました。先生は物知りですね」
「そうだろう。もっと褒めてくれてもいいんだよ」
「はい。すごく偉いと思います。先生、すごいです。本当に尊敬しています。先生のようになりたいです」
「そうかそうか。嬉しいよ。僕も君みたいな生徒がいて幸せだよ」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、授業を始めようか」
「はい」
「教科書の四十ページを開いて」
「はい」
「この章を読んでみて。わかるところだけでいいからね」
「ええと、『日本は島国である』ということについて、先生が説明してくださいました」
「うん、そうだね。それで、君ならどう思う?」
「ええと、それは島国だから侵略される心配がないということですよね」
「まあ、そういうことだね。でも、それだけじゃないんだよ。実はね、日本にはもう一つ、とても重要な利点があるんだ」
「へぇ~、そうなんですか。それはいったい何ですか?」
「それはね、君のような優秀な生徒に恵まれるということさ」
「ありがとうございます」
「さて、今日はここまでにしておこうか。今日もありがとうございました」
「ありがとうございました」
「はい、気をつけて帰ってね」
「はい。失礼いたします」
「また明日ね」
「明日は水曜日ですね」
「そうだね」
「あさっては木曜日ですね」
「その通りだね」
「そして、来週は金曜日ですね」
「そうだよ」
「つまり、次は土曜日ですね」
「そうだね」
「ということは、明後日は日曜日ですね」
「うん」
「そして、あさっては月曜日ですね」
「そうだね」
「ということは、来週は火曜日ですね」
「そうだね」
「そして、来週は水曜日ですね」
「そうだね」
「そして、来週は木曜日ですね」
「神様どうされましたか?」
「そうだな、来週は金曜日だね」
「神様?」
「つまり、次は土曜日ですね」
「神様?」
「ということは、次は日曜日ですね」
「神様!」
俺は神様の両肩を掴んで揺さぶった。
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