(4)

 次の日の朝は、良く寝られたようで、パッチリと目が覚めた。カーテンを開けて窓から外を見ると、靄がかった瀬戸内海が幻想的な風景を作り出していた。


 私はすぐに着替えて、顔を洗ってから少しだけ化粧をした。部屋を出て1階のロビーに行くと、簡単な朝食としてパンとコーヒーが無料のようなので、2つほどパンを取って食べ始める。


 ちょうど食べ終わった所に、快がエレベーターの方から走って出てきた。私が手を挙げると、彼はこちらに向かって走ってきた。


「すみません。急いで出られますか」


 快は真面目な顔でこちらをじっと見た。不穏な感じを受けた私は、すぐに部屋に戻って準備してから、チェックアウトして快と合流した。


 ホテルの外に出ると空気が意外に冷たい。2人で駐車場に停めた車に急いで乗り込む。


「どうしたんですか?」


「ええ……昨日の充留くんなんですが」


 思わずハッとする。


「もしかして、彼はもう……」


「いえ……まだ、死んではいません。ただ、病院に運ばれて意識不明のようです」


 私は呆然としながら快の話を聞いていたが、少し前に、昨日会った美嘉から快に電話があったらしい。どうやら、充留は彼女に、快の電話番号を伝えていたようなのだ。その辺りの事情はよく分からなかったが、とにかく美嘉が言うには、充留はバイトで小さな漁船に乗っていたが、朝の靄の中で他の漁船に衝突し、海に投げ出されてしまったらしい。操縦していた男は救命具が近くにあったので何とか助かったが、充留を探すのに時間がかかり、ようやく見つかった時には既に意識が無かったという。


「とにかく、私達もその病院に早く行かなければなりません」


「行って……どうするんですか」


「行ってから考えます」


 快は前を向いたままそれだけ言うと、アクセルを踏んでスピードを上げる。充留が運ばれた病院を快から聞いて場所を調べると、岡山市内の救急病院のようだ。私はその病院をナビにセットする。道路が片側2車線になると、快は前の車をすり抜けながら市街地の方に向かっていく。




 病院に着くと、快は歩きながら美嘉に電話をかけた。待合ロビーには診察を待つ患者たちが座っていたが、奥の方にいた女性が手を挙げる。急いでその方に走って行くと、向こうからも走ってきた。


「美嘉さん……遅くなりました」


 彼女の前に立って声をかける。ハアハアと息をしながら私もすぐ横に並んだ。すると彼女は快の方に叫んだ。


「お願いです! 充留を……助けて」


「落ち着いて。彼は、どんな状態なんですか?」


「充留は……まだ何とか息はしよるみたいじゃけど……意識が全然……」


 美嘉はそこで泣き始めてしまった。私は思わず、俯いてしまった彼女の横に立ってその背中を撫でた。


「大丈夫……きっと、彼は大丈夫だから……」


 私は励ましになるのかどうか分からないまま、そう言うしかなかった。その時、快はじっと美嘉の様子を見ていたが、やがて「あの、美嘉さん」と声をかけた。


「こんな時に聞くのも何ですが、彼は……充留君は、昨日、何か不思議な事をあなたに話していませんでした?」


 快が呼びかけると、彼女は顔を上げた。涙は流れていたが、強い意思で何かを彼に伝えようとしているように感じた。


「あの……何となく、違和感がある話はありました」


「その話を、僕に教えてもらえませんか」


「なっ……ちょっと、こんな時に何を言って……」


 私が呼びかけるのを無視して、快は美嘉の目をじっと見つめる。すると、彼女の方も黙って快の方を見返した。


「その話が……何か、関係あるんですか?」


「いや、正直なところ、まだ分からないんですけど……僕に何かできることがあるのかもしれない。だから、教えてください。お願いします」


 快は立ったまま深く頭を下げた。


「……わかりました」


 美嘉はその姿を見つめて頷く。その声を聞いて、快は「ありがとうございます」と再び頭を上げると、すぐ傍にあった長椅子に座るように促した。そして自分のリュックからモバイルパソコンを取り出した。


「時間がありません。美里さんは、話を聞きながらできる限り文字を打ってください。僕もメモしますから」


 彼はそう言って、私にモバイルパソコンを渡してきた。私も頷いてそれを受け取り、美嘉の隣に座ってすぐに準備する。その間に快はICレコーダーと筆記用具を取り出した。


「では、お願いします」

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