(3)

 小杉はそこで黙ってしまった。私はその様子を見つめる。彼は、少しだけ開けられた窓の方を向き、日の当たる外の様子を見ていた。


「今日は本当に天気がいいですね」


 小杉の声を聞いて、快はICレコーダーを取り上げてスイッチを切る。すると小杉が快の方に顔を向けた。


「私はあなたに謝らないといけない。最初に相談した時は、後先考えずにお願いしましたが、その後に一人で落ち着いて考えてみた時には、心の中では、あなたの言ったことは全部嘘だろうと思っていました。どうせ、新手の詐欺師か何かだろうとね」


 快は、それに頷いて応える。


「ただ、今はそんな自分が恥ずかしい限りです。本当に、すみませんでした」


「いいえ。皆さん、そういうものです」


 快は言いながら、ICレコーダーをリュックの中にしまう。


「小杉さんのお話はよく分かりました。この話はすぐにまとめてメールするようにします。私に話してくれたという事は、おそらくあなたはこの話の内容をすぐに忘れてしまうと思いますから」


「そう、ですか——」


 小杉はそこで少しだけ黙って窓の方に顔を向ける。ちょうど、窓から暖かな風がそっと流れてきた。すると、小杉は静かに呟いた。


「私は……さっき何の話をしましたか?」


 小杉はまだ外を見ている。私はハッとしたが、快は黙って私の前で答えた。


「あなたの大切な思い出話を聞かせてもらいました」


「思い出……そうですか。それにしても、何というか……私はとても、満足した気分です」


 小杉はそう言って彼をしばらく見つめてから、ゆっくりと顔を外に向けた。外では子供がはしゃいでいるのか、ワアワアと声が聞こえている。しばらく無言が続いてから、小杉はふと思い出したように言った。


「そうだ。何かあなたにお礼をお渡ししようと思っていたような気がするのですが……」


「いえ、特に何もいりませんよ」


 快は言いながらリュックサックを背負って立ち上がった。


「初めに申し上げたとおり、あなたが僕を選んでくれましたから。僕は、が満足してくれればそれで十分なんです」


 何かまた言おうとする小杉を制するように、快は私に「行きましょう」と言った。私はそのやり取りを不思議に思いながら見ていたが、快は既に小杉に背中を向けて部屋を出て行こうとするので、私も小杉に頭だけ下げると、快の後に続いた。


 快が病室の引き戸を開けた時、ちょうど外に2人の人間が立っていた。1人は白髪が目立つやせ型の中年女性、もう1人もやせ型だが長身の若い男性だった。女性は引き戸が急に開いたので、驚いた様子だったが、「すみません」と頭を下げてすぐに体を斜めに引いて道を開けた。快が頭を下げてその前を通り過ぎようとすると、女性が「あの」と声をかけてきた。


「小杉太一さんの……ご家族ですか」


 快はその女性の方に振り向くと、少しだけ笑顔になって首を振った。


「いいえ。違います。……僕は、小杉さんの古い友人の子供なんです。小さい頃から、可愛がってもらっていましてね。小杉さんとかなり昔話をしてしまったので、今日はお疲れかもしれません。すみません」


 快はそう答えると、部屋の中の小杉を少しだけ振り返って声をかけた。


「小杉さん……お見舞いの方が来られましたよ」


 それだけ言うと、彼はそこにいた2人に頭を下げて、スタスタと歩いて行った。私も同じように頭を下げて、急いで快を追いかけていく。

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