第2話 絶望の始まり

 ギルドから地図とダンジョンの情報を買うと一行は「星見の遺跡」を目指し出発した。星見の遺跡はグリンクロスから北北東に、2時間程歩いた森の奥地にあるらしかった。

 だが、グリンクロスを出て星見の遺跡に辿り着く頃には、ローレル達の態度は打って変わっていた。


「グルルル!」


 星見の遺跡に着く前に森を歩いていると、モンスターの群れが現れた。ヘルハウンドという犬のような、獣綱のモンスターだ。3匹いる。


「ヘルハウンドか。大した奴じゃないな。皆んな、各個撃破だ!」

 パラディンローレルは剣と盾を構えるとヘルハウンドに先陣を切り、向かっていく。


「おうよ!」

 重斧士のゲルバルドは、斧を構えてヘルハウンドに切り掛かる。


「オーダーイグニス! ファイアボール!」

 メリッサは魔女らしく、杖で炎魔法を唱える。炎の球がヘルハウンドに飛んでいく。


「す、すごい」

 あっという間に、ヘルハウンドの群れは全滅した。さすがはBランクの冒険者だ。いや、呆けている場合ではない。クロは解体師だ。パーティーに入ったからには役に立たねばならない。クロはヘルハウンドの死骸にしゃがみ込むと、腰から短剣を取り出す。ヘルハウンドの牙や、灰色の体毛は装飾品の素材として価値がある。


「ここら辺かな」

 解体用ナイフをヘルハウンドの歯茎に突き立てると、牙を抉り取る。


「やっぱり、解体師というのは卑しいですわね」


 唐突に放たれた言葉に、クロは顔を上げる。メリッサが、いや全員がクロを見下ろしていた。


「え? 卑しいって……」

「現に卑しいですわ。醜悪な生物の屍を漁ってそこから何かを取るなんて」

 メリッサは肩をすくめてわざとらしく身震いした。


「がははっ! いかにも陰気なやつのジョブだな」


 ゲルバルドは磊落に笑いながら言った。


「でも! モンスターの生活圏に踏み込んで、殺してるはこっちの都合だよ。ならせめて、その身体を糧にしないと。そうして弔わないと……」


――固く冷たい感触が、クロの首に伝わる。

 


「ぐだぐだうるさいんだよね。解体師の癖に」


 ローレルの剣が、クロの首に向けられていた。


「ちょ、ちよっと……?」

「糧にする? 弔う? たかだかモンスターだぞ。畜生どもが人間に刃向かってきたんだ。殺して当然だろ。それに牙だの何だの。 そんな価値のないゴミ、邪魔なだけだろ」


「そ、素材は僕が持つから。みんなの邪魔はさせないよ」


 ローレルは剣を納めと、クロの手を叩いた。手から牙がこぼれ落ちる。


「あっ……」

「ふん。能無しのクズが。おまえが前を歩け」




 そしてこれが今である。ローレルに何回も背中を蹴飛ばされてせいで、クロの背中はジンジンとする。星見の遺跡は朽ちてはいたが、建物としての原型は留めていた。時々壊れた天井から陽の光が差し込む廊下を歩いていると、突き当たりが見えた。

「行き止まり……」

「どけ」


 ローレルはクロを押し退けると周囲を観察した。


「メリッサ。ここに古代魔術文字が書いてある。確かおまえは解読スキルがあったよな。読めるか?」

「えぇ。もちろんですわ」


 メリッサは壁の文字を読み始めた。


「星見の悪魔ここに眠る。ここに入りその力を得たくば、傍らにある台座に魔力を注ぎ扉を開け試練に打ち勝て。その後に供物――この先は消えてて読めないわね。取り敢えずそこにある台座に魔力を注げばいいってことかしら」


 メリッサは台座に向かって杖をかざす。すると扉が石臼が擦れるような音を立てながら、開いた。中は大きな円形の部屋になっていた。天井はドーム状で、そこは夜空のような星々が浮かんでいた。


「す、すごい。綺麗だ……」

 クロは小声でそう言うと、メリッサは鼻で笑う。


「ただの古代魔法の仕掛けでしょう。星見の遺跡という名はこの仕掛けから来ているのかしら」


「――確かさっき書かれてた文には『試練に打ち勝て』と書いてあったが、試練ってのはなんだ?」


 ローレルは辺りを警戒しながらそう言うと、ゲルバルドはあくびをした。

「俺達にびびって、試練とやらが逃げちまったんじゃあねぇか?」


「あれは!」


 クロは夜空の仕掛けを見上げる。星々が強く明滅している。それはまるで何かの星座の形だ。光は次第に強くなる。すると突如空間がガラスのようにひび割れ、そこから一体のモンスターが這い出てきた。


「なにこいつ。気持ち悪い」

 メリッサが苦虫を嚙み潰したように顔をゆがめる。


「でっけぇタコみたいだな」

 ゲルバルドは斧を構える。そこにいたのは青銅色をして、うねうねと不気味に動くモンスターだ。ゲルバルドの言う通り、巨大なタコにみえる。


「こ、これは『ダゴン』だ」

 クロも実物で見るのは初めてだ。ただ、解体師としてのスキルのおかげで、モンスターの生態や弱点などが入ってくる。


「ダゴンは異空間の裂け目から出てくる、妖魔綱のモンスターで触手が再生する――」

「うるせぇ! いちいち指図すんな! 2人とも、いくぞ。僕が奴の気を引きつける。その間に攻撃を叩き込め!」

 

ローレルはダゴンに向かって駆けて行く。ダゴンの触手が伸びる。ローレルは触手を避けて剣で切り落とす。だが触手はみるみるうちに生えてくる。


「くそ!」

 

ローレルは舌打ちをすると、メリッサに目で合図を送る。

「オーダーイグニス! サラマンダーブレス!」

 

杖先から炎が噴射される。炎はダゴンを焼いていく。再生する速さよりも、燃やす速さが勝る。


「ピギェェ!!」

 

ダゴンは悲鳴にも似た不快な声を上げる。だが、最後までは燃やせない。


「触手は燃やしたわ! 今よ!」


 メリッサの声と共に、ゲルバルドが突進していく。


「俺に任せろぉ! ブルスマッシュ!!」

 振り下ろされた斧は、ダゴンの頭を叩き割った。見事なチームワークだ。


「す、すごい」

 クロは思わず感心した。B級冒険者はここまで強いのか。ダゴンは青緑色の血を流し倒れている。


「そうだ!」

 クロはハッとしてダゴンの死骸に駆け寄り、腰のポーチから瓶とシリンジを取り出すと、両断されたダゴンにシリンジの針を刺し、血液を瓶に注ぎ始める。


「また卑しいことをし始めましたわ」

「ダ、ダゴンの血液は、霊薬の材料になるんです。一部の魔術師達の間では高値で取引されています」


「高値っていくらくらいだ?」

ローレルが質問してくる。


「えーと。300万ポルツくらいです」


 その金額に三人も驚いたようだ。


「さ、300万!? 一年は遊んで暮らせるぜ」

「ブランド物の杖やローブを買い放題ですわ」

「へぇ、そりゃあすごい。でかしたぞ、クロ」


「別にそれ程でもなっ――!?」


 後ろから鋭い痛みと、衝撃が走る。


「がはっ……」

 剣が身体から出ている。腹から剣が貫通している。


「ご苦労、解体師くん」

 ローレルは剣を引き抜き、ニタニタとほくそ笑んでいた。

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