序章

第1話 希望の始まり

「うわぁ。すごい人だな」


 どこもかしこも人だらけ。馬車が行き交い、石畳を揺らし、出店が連なる市場からは威勢の売り良い文句が聞こえる。クロがいた村とは大違いだ。


「ふぅ」


 クロは胸いっぱいに風を吸い込んだ。冒険者を目指し、田舎の村から出て約一月。クロはようやく、グリンクロスの街に着いた。涼しく心地よい風が、クロの黒い髪を揺らす。背負った大き荷物の重さなど忘れてしまうくらい、胸が躍っている。


 夢にまで見た"冒険者"。未だ見ぬ宝や、ダンジョン。モンスターとの出会いはここから始まるのだ。


「絶対"タイクーン"になってやるんだ」


 クロは意気込みながら、まずは目的地である冒険者ギルドを目指す。



 まだまだ未開拓な大陸や地域が数多に眠る地「エンドテラ」。エンドテラを股にかけ開拓していく者達を人々は「冒険者」と呼んだ。彼らは富と名誉、そしてロマンを求めて、踏破しようとする。冒険者はいつの時代でも人々の先頭に立ち、文化を、文明を切り拓いて来たのだ。


 やがて時代が進むにつれ、増えていく冒険者を管理し、効率よくエンドテラを開拓していこうという機運が高まっていった。そうして出来たのが「冒険者ギルド」である。冒険者はギルドでは事前調査された未開拓の地域や遺跡、古代迷宮「ダンジョン」の情報を得られ、さらに地域住民や、他ギルドからの斡旋された依頼も受けられ、その対価として報酬を受け取れる。冒険者にとってはまさに生命線なのだ。


「こんにちは! 冒険者ギルドグリンクロス支部へようこそ。私は受付嬢のシャルロッテと申します。新人さんですか?」


 シャルロッテと名乗った受付嬢は、クロにそう聞いてきた。赤みがかった明るいブロンドが太陽のように眩しく、はつらつとしている。それに、黒縁メガネがよく似合っている。


「はい。今日この町に来たばかりで……」


「かしこまりました! そしたらまずは冒険者として登録をしていただきます」

 そう言うとシャルロッテは何やら石板のような物を取り出した。


「ここに手を置いてください! あなたの素性や能力などを見てジョブの判定を行います」


 言われるがまま、クロは石板に手を置いた。すると石板が白く光出す。やがて光は収まり、石板から一枚のカードが出てきた。


「お待たせしました! クロさんは『解体師』。非戦闘系のジョブですね。こちらを差し上げます!」


 シャルロッテはカードをクロに手渡す。カードはなんとも不思議な材質だった。金属のように硬いが、しかし重さを感じさせないほど軽い。クロはカードに目を通した。


 名前 クロ・テンダーハート

 出身地 ニリバ村

 冒険者ランク C

 ジョブ 解体師

 スキル モンスター生態理解

     希少素材解体

     解体効率


「す、すごいですね。なんかたくさん書かれてる」


「それは冒険者カードです。先程の石板はクロさんの魂に刻み込まれた才能や能力を、魔力として読み取り、魔法的に分析するものです。そしてカードにクロさんの情報を文字として写しました」


「へぇ……。僕の力ってこんな風に書かれるんだ」


「カードはあくまで一つの目安ですが、冒険者達はそのカードを持ち寄り、各々でパーティーを組んで冒険へ出かけます。それとこのエンドテラを旅する上での身分証にもなりますので」


 パーティーとは、目的達成のために数人から成る団体のことだ。冒険をするのであれば、一人よりも大勢で行動した方が当然リスクが減るし、できることも増える。


「冒険者ランクはCから始まり、B、A、S、SS」の順で昇級していきます」


「タイクーンにはどうやってなれるんですか?」


 その時、ゲラゲラと周りから笑い声が聞こえた。


「あいつタイクーンになるとか言ってやがるぜ」

「さっき解体師とか聞こえたぞ?」

「解体師って。戦えるジョブじゃないじゃん」

「それじゃあタイクーンなんて夢のまた夢だろうよ」


 皆がクロを貶むように見ている。


「えーと……。聞いちゃダメ、だったかな?」

「あんなのは、気にしなくて良いですよ」


 シャルロッテはそう言ってくれた。


「タイクーンはSSランクの中でも特に強く、偉大な実績を残したは人に与えられるです。過去のタイクーン達は皆、それまでの世界の常識を覆すほどの偉業を成し遂げてきました」


「な、なるほど……」


 幼い頃、祖母に読んでもらった絵本には、ダンデと言う名前のタイクーンの偉業が書かれていた。確かにダンデのジョブはパラディンであり、ドラゴンを討伐したり、デュランダルの呼ばれる聖剣を発掘し、それを国王に献上しタイクーンになっていた。現に、この国にはデュランダルが国宝として今も受け継がれている。


「新規登録は以上で終了です。実績を積めば、ギルドカードの更新が出来ますので、その際は窓口までお越しください。是非、偉大な冒険者さんになってくださいね!」


「え? ……うん。ありがとう!」


 シャルロッテは眼鏡の奥で目を輝かせ、クロを見ていた。


「そこの君!」


 突然声をかけられ振り返る。そこにいたのは、金髪碧眼の男だった。


「君は新人冒険者だね? 俺はローレル」

「あ、はい。クロです。今冒険者ギルドに登録したばかりで」


「そうか。いや、実はこの町の近くに"星見の遺跡"っていうダンジョンがあってさ。そのダンジョンの情報をギルドから買いたいんだけど、情報料を元々4人で負担するはずだったんだ。でも見ての通り」


 ローレルの後ろには2人いた。


「1人、土壇場で抜けてしまってね」

「一人当たりの金額は安い方がいいってことだね?」


 クロがそう言うローレルはうなずく。


「それに、頭数は多い方が安全だろ? どうだい。俺達とパーティーを組まないか? 皆、B級冒険者だ。君に何らかのアドバイスもできると思う」


 ローレルはクロに手を差し出してきた。先輩の冒険者達とパーティーを組める。これは良い経験になるだろう。クロもその手を掴んだ。


「ありがとう! よろしく! 僕は解体師だから、戦えはしないけど、皆んなが討伐したモンスターの素材を効率よく採取できるし、モンスターの生態も知っているから、弱点や習性とか。何か役に立てると思うよ!」


 ローレルはにっこりと笑う。


「あぁ。期待してるよ」


 こうしてクロはローレル一行のパーティーへと加入することになった。

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