第二章 三
ああ、瞬きすらも煩わしい。目の前で得意気に語る男を今にも嬲り殺してやりたい。昨夜の女は不味かったなぁ...ちっ、腹が減って来やがった、舌も引き抜いて貪ってやれば良かったか。こいつはどんな味がするんだろうなぁ、俺の腹を満たせればなんでもいいか。ぁぁあああ!早く食いたい、いいや食う、今夜必ず!
心に動く激情を隠し、冷たく笑う。白髪の男名前は確か、ダンとか言ったな。なるほど推理が得意らしい。話の内容に間違いは無い。だがこいつは知らないんだ、俺という獰猛な獣を。
「ダンさん、言ったでしょう。ぼくが見た犯人は屈強な大男だと。仮にそれが嘘で、万が一にぼくが犯人だとしても女性を抑え付ける力はありませんよ。」
目を細め自虐的に笑う。確かに紙束を抱えただけでふらついてしまうような非力さはこの目で見た。
「ああ。ずいぶんな演技派だ、見ろここにいる誰もがお前を小さく脆弱な草食動物だと信じて疑わない。」
ぴくり、ジャックの瞼が痙攣する。
「まるで狼に追われ逃げる兎だと?」
表情に大きな変化はないが、雰囲気に怒りの色が混じる。いい感じだ。
「はは、冗談を。兎が食む草の上を、必死に跳びまわる虫けらがお似合いだ。」
ダンの挑戦的な笑顔に対して目を見開いて俯くジャックは、力強く握るコップに罅を入れる。
「過大評価だったかな。」
その言葉を引き金にコップが砕けテーブルに散る。静かに立ち上がると、場所を変えましょうと言い残しギルドを出た。影の差す彼の顔から表情は見てとれない。
コップを煽り後を追う、場所はおそらくあそこだろう。犯人は現場に舞い戻るとはよく言ったものだ。
路地を吹く風はうなり声を上げ、不気味に生暖かい。丁度女性の遺体が発見された辺りに立つジャックは、背中でダンを迎えた。
「皆僕を小さいと見下し、弱いと蔑む。貴方も愚かな人間の一員だということだ。」
振り返る顔一面に怒りと憎しみが湧き出している。ひくひくと痙攣する口元が無理に笑みを浮かべようとするが、それは適わない。
「本当の、本質の俺を見ようとせず!俺を馬鹿にしたように嘲笑するあほどもがぁ!!憎い、憎い憎いにくいにくいにくい!!!」
ジャックは一気に間合いを詰めると、いつの間にか手に握るナイフを振り下ろす。ダンは軽々と連撃を避け胸に一撃、軽い身体を弾き飛ばす。吹き飛び転がるとびちゃびちゃと血を吐き出した。直撃した掌底は肋骨を数本砕いた、危ない危ない。勢いあまって殺すところだった。
「いきなりだな、馬車の前に飛び出してはいけないと習わなかったのか?」
未だ蹲る男は激昂する瞳を向ける、しかしその顔には挑発的な笑みが残る。
「はぁはぁ、もう、勝った気でいるとはな!愚か者がぁ!!」
どこにそんな力が残るのか、後ろへと飛び上がると敵意を剥き出しに笑う。
ジャックは立ち上がると勢いよく服を剥ぐ、服の下には人の骨で作られた防具らしきもの。砕かれた骨防具のなかに見えるのはひどくやせ細り、皮と骨だけの肉体。
なるほど先ほどの感触の正体はこれか、やけに脆いとは思ったがまったく趣味が悪い。
「あーあぁ、俺の大事なコレクションに傷つけやがってよぉ。」
舌をだらしなく垂らし笑うと、口に付く血液を舐める。まるで違う雰囲気をあれだけ抑えていたのはやはりかなりの演技派だ、ダンはそんなくだらないことを考えていると眼前に飛びナイフが迫る。
「戯れはもういいだろう。肉食を語ろうと所詮は狩られる者、いい加減その気持ちわりぃ面をとれよ。」
凶器を指ではじくと、顔を指して言う。最初から違和感はあった、こいつは表情をつくるのが下手なのだ。たまに浮かべる作り物のような顔が気色悪かった。
「なんだ気づかれてたとはな...隠してたのが馬鹿みたいだろ。」
ベりべりと音を立て顔から皮をはがす、中からはまったく別人の顔。先ほどまでジャックだった皮を下に叩きつけると、不気味に笑う。瘦せこけた頬、低いというより削れて平たくなった鼻。ぎょろりと剥き出しの目に小さい口に食い込む歯は人為的に研がれて鋭く光っている。
「けひひ、醜いだろ、この顔。だから隠してんだよ、ひとのもんで。昨夜女を殺してるときに邪魔が入ってな、こいつの持ち主が覗いてやがったのさ。だから、けひけひ!殺して身分を乗っ取ったのさ、ジャックって名前もこの防具も全て!楽しかったぜぇ、最後まで強がってやがって、時間をかけて嬲ってやった。」
絶叫し快楽に浸る。地面に残った二種類の血液は女性と、そして本物のジャックのものだったのか。まるで自慰に耽るように恍惚の表情を浮かべる奴は、自分の血を舐めて喜んでいる。
少しだけ、そうほんの少し。湧き出る苛立ちがついて出る。
「安心した、お前が純粋な悪人で。」
土を撫でる。手から零れ落ち風に流れる石粒に昨夜の光景が映る。
「こいよ白髪、殺し合いをしょうぜぇ、けひひ!」
二人の無念を晴らす、なんて崇高な目的じゃあない。ただ俺が成すべきことを果たすだけだ。
「今から行うのは殺し合いじゃあない。お前は獲物だ、今から行うのは一方的な狩りだよ。」
ダンは笑う、剥き出しになった歯が獰猛に光る。不幸なことは同じ穴の狢であるという事、ここにいるのは人殺しだけだ。
同時に跳躍した二人は激しくぶつかった。
狂花 式 神楽 @Shiki_kagura
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