第二章 二
地面に染み付いた血痕は完全に消えている。眼で見える証拠は魔法によって跡形もない。王国騎士団によって保全された証拠等を見れたら早いのだが、騎士団に関わるのは面倒だと過去の経験が告げている。
だが問題ない、現場に残るごく僅かな情報がさも雄弁に語っている。地面を撫でる、浚った土には僅かだが血液の臭いが混じっていて、どうやら二種類の血液が混じっているようだ。犯人は傷を負っている可能性が高い。必死に抵抗した痕跡だろうか。
本当にこの路地裏で殺人が起こったのは間違いないようだ。となると問題は、
「悲鳴か、、」
フィオナーレにも話したように、この場所はよく音が反響する。にも拘わらず、静かな夜に聞いたのはジャックただ一人。深夜だとしても、明らかに不自然だ。
「もう一度話を聞く必要がありそうだ。
嘘かそれとも幻聴か問いただしてみない事には分からないが、どうやら簡単には運ばないらしい。騎士団に任せておくべきだったか、ふとそう思うが、どうにも心につっかえる違和感が拭えない。これ以上の面倒事に発展しないよう祈りながらもギルドへと踵を返した。
「ジャック!」
昼下がり、昼食休憩を取る彼を酒場に見つけて名前を呼ぶ。小さい口をぷっくり膨らませてこちらを見ると、慌てて嚥下した。
「ごほっごほっ!ダンさん、すいません丁度ご飯を。」
何もそんなに急ぐ必要はないのに、胸を叩いて落ち着くと彼は頭を下げる。
「いや、謝るのは俺の方だ。すまんな突然。また聞きたいことがあってな。」
テーブルについて話を始める。
ジャックに聞いた話を整理すると、昨夜裏路地で起こった殺人事件、食人事件と仮称された今回の犯罪は、中央通りから少し離れた裏路地で行われた。唯一の目撃者であるというもの前に座る小柄な男、ジャックは深夜に女性の悲鳴を聞き現場へと近寄った。
「取り敢えずここまでは合っているんだな?」
確認を取るとジャックは頷く、最初に聞いた時にも思ったが、やけに自信ありげで確信を持った表情なのが気になる。
「さっき現場に行ってきたがあの路地裏はやけに声が通る。日中の喧騒の中でも声が響くんだ、静かな夜にお前以外が聞いていないっていうのはどうにも不思議でな。」
目の前に座る男は何も言わない。ダンは話を続ける。
ジャックが見たのは人間とは思えない残酷な行為、食人事件と呼称される所以でもある人肉を食す行為。現場から唾液が見つかったことからもこの情報は間違いないだろう。
最後に確認するのは犯人の外見、彼が言うに屈強な体格の大柄な男が、ナイフを凶器に女性に跨っていた。黒い外套に身を包んだその男の口には女性のものと思われる血液が滴っていた。以上がジャックから聞いた全て。間違いは内容で彼も静かに頷く。さて、ここからは疑問から答えを導き出すための時間だ。
「ジャック、俺はお前が嘘を吐いていると思っているんだ。お前の話にはおかしいい点がいくつかある。それはほんの預かで普通なら見落としてしまうもの。」
彼に最初に感じた印象はまるで小動物。残酷な現場の状況を思い出すだけで震えてしまうような、怯えた青年。しかし今目の前にいる彼は事件の詳細を話してもまるで変わりがない。
「今からするのは詰問だ。お前を疑っている、いいや、確信とさえ言える。」
知っていた、いやダンがここに戻ってきたことで理解したのだろう。自分が草食動物なんかじゃあないという事。理性を欠いた肉食の獣であるという事を。
「ぼくが食人事件の犯人だと?御冗談を。」
口を抑え微笑む、楽しそうにクスクスと。反して目はこちらを見据え微塵も笑っていない。力強く睨む目は挑発的に、捕まえてみろとでも言うかのようだ。
残酷な事件、犯人には罪を償わせなければ被害者が報われない。罪悪感などまるでない彼の顔は捕まること等考えていない。
ダンは目の前の凶悪犯に突き詰めた真実を話し始めた。
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