第二章 一
当たり前にある日常。当たり前にある風景。蓄積された悪意が破裂する。毒気を吸って育った蕾は膨らみ、内包する醜悪を解放する。美しく咲くように。
昼でも影が差し、中央通りから離れた場所にある路地裏は、建物に囲まれた閉鎖的な空間を作り出している。人同士ギリギリすれ違うことができる位の細い道は、一度入れば引くか進むか、途中に抜け道は無い。おーい、と軽く読んではみたが当然返る声は無い。反響する声が寂しく残る。
「あの、、」
じっ、と道を見つめて直立していると、後ろから声がかかる。振り向くと買い物かごを腕に下げた女性が心配そうにこちらを見ている。今のを聞かれただろうか。
「あ、すみません。何もないところに叫んでいたので気になって。」
風に吹かれて目にかかった、海のように綺麗な髪をかき上げてほほ笑む。透き通るような瞳に砂のような白い肌。この街に来てからというもの美人しか見ていない気がする。それに、先ほどのを聞かれたようだ、恥ずかしい。
「ああ、いや、昨夜ここで起きた事件を調べててな。」
ここの路地で、と後ろを指す。
「食人事件、なんて噂されてるやつですね。怖い話です、昼間なのに全然人が寄り付かなくなってしまいました。全く困りものです。」
彼女は腰に手を当て、頬を少し膨らませる。確かにここへ来る途中にすれ違う人などほとんどいなかった。わざわざ殺人事件が起きた場所に近づこうとは思わないだろう。普通なら、そう。
「それで、君はここで何を?」
一人歩きは危険だろう、何せ殺人鬼は人を食う怪物。姿同じく今も波に紛れて泳いでいるかもしれない。
行き場のない空気を吐き出して、咳一つ、言葉を整えると彼女は言う。
「まだ明るいですから、少し近道を。そう言えば名前がまだでしたね、私はフィオナーレ。近くの花屋で働いているんです。良かったらうちで休憩でもしませんか?ふふ、お茶くらい出しますよ。」
フィオナーレ。風に吹かれた髪をたなびかせる彼女は笑う。透き通る、眩しい笑顔に目を細める、守りたいこの笑顔。なんて冗談を描いていると、彼女は訝し気にこちらを見つめる。
「ああ、悪い。俺はダン、冒険者をしている。そうだな日差しも強い、お言葉に甘えるとしよう。」
二人は現場を後に大路地へ出る。
昨夜の事件の影響か、路地の人は少ない。前を歩く彼女は行く人を振り返らせるほどに美しい。
「ここです、花屋オーロラ。私の店です。」
困っていたのもうなずける、ずいぶんと現場から近いそこは色とりどりの花に囲まれている。飾られた花の匂いは嫌に混じることなく鼻に香る。
店の裏手から隣接する民家に入る、椅子に腰かけると同時に出されたお茶からは他に花の香りがする。口に入れると広がる甘味に爽やかな風味。
「うまい、花の蜜を入れているのか。」
フィオナーレも一口、息をついた彼女はコップの汗を拭う。
「うちの自慢の花たちから採取した蜜なんです、美味しいでしょ?ところで、聞きたいことがあるのですが、、」
言い辛そうな彼女は再度一口お茶を飲む。大方事件のことだろう、そのことならこちらも聞きたいことが。
「丁度いい、俺も昨夜のことを訪ねたい。」
どうやら反応的に話は同じようだ、今のところでダンの持ち得る情報を聞かせた。
「ひどい、、静かな夜にそんなことが。」
殺人鬼への怒りか、それとも恐怖か。フィオナーレの震える手を優しく包む。ほほ笑んだ彼女は包まれた手を摩る。
「それで私に聞きたいこと、とは?」
ダンは手を離す、柔らかな感触を名残惜しく思いながらも当初の目的通り彼女に気になったことを問う。
「この店は例の裏路地から程近い、さっき話したように昨夜は悲鳴が上がった。しかしそれを聞いた人間はほとんどいない。おかしいと思わないか?さっき確認したがあの路地は結構声が響く、フィオナーレも聞いただろう。」
確かに、頷く彼女も疑問に思ったのだろう。口に手を当て考え込む。
「この事件、どうもきな臭い。もう少し調べてみるよ、早急に解決しないと安心できないだろうしな。」
優しい微笑みを向ける。彼女の頬にも少し赤みが差す。
「ふふ、私のためですか?」
照れるように笑う彼女は恥ずかし気に体をひねる。少々妄想が激しい気もするが、まあいい。彼女の安全を守ることに違いは無い。
コップを一気に煽り席を立つ。要は済んだ、軽く礼を述べて店を後にする。
「あ、少しお待ちください!」
慌てて引き留めたフィオナーレは店の奥へと入ると、手に何かを持って戻ってくる。
「これを。」
差し出した手には小さくて丸い何かが乗せられてた。青い水晶が埋め込まれたそれは魔道具だろうか。内包された魔力をわずかに感じる。
「お守りです、肌身離さずお持ちください。」
笑顔でそう言った彼女の肩に手を置く、すぐ離すと礼を告げて店を後にした。
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