第一章 七

 近郊の森には多くの生物が暮らしている。数は少ないが人を襲う獰猛な動物まで存在する。深い緑は日を隠して濃い影をつくる。暗い闇に潜むのは狡猾で卑劣な影。


 「ここにいれば話は早いんだけどな。」

 森に訪れた三人は慎重に、逸る気持ちを抑えながらも老婆を探す。ロゼルージュがここで老婆と出会ったのは一年も前のこと、ここへ来たところで何か得られる保証は無い。

 「待て、気配が近い。」

 潜めるように身を屈ませる、三人はゆっくりと草をかき分け気配の主へと近づいて行く。

 ぐちゅぐちゅと水音が響く。人間のものでは無い、荒い呼吸に身しかい呻き声。

 木の間から覗き音の発生源を見ると、数体の怪物が何かを食んでいる。140㎝ほどの小さい体躯に灰色の皮膚。鼻の無い顔は小さな目と、一心不乱に死肉を貪る口は歪な形をしている。

 「屍喰しかばねぐらいか。」

 ダンは小さく呟く。一般的に屍喰らいと呼ばれるこの怪物は、とても臆病で普段は死肉しか食べない。獲物を横取りされそうになると、反撃することはせず逃げてしまうほどだ。

 「殺すか?」

特別害がある怪物では無い、しかし分類上人に仇をなす悪の獣。見て見ぬふりでは通せない。

 任せるよ、とグラヘムの背中を押す。突然の来訪者に体を震わす小さな捕食者は甲高い叫び声を上げる。

 「お前らに罪はないかもしれない。だが、」

 歴戦の戦士は剣を抜く、光に照らされ輝く剣身に恨みの影は無い。

 「フンッ!」

 一閃。ミロクとダンの目の前から瞬間にして消えると、奴らの背後へ跳ぶ。容赦なしの慈愛の一太刀は、五体の屍喰らいの頭を正確に跳ね飛ばした。返り血がグラヘムを濡らすことは無く彼は二人の前へと舞い戻る。

 さすが、王直属の護衛戦士だ。これからの戦いを考えれば頼もしいことこの上ない。横たわる死肉に飛び散る血液を片付け、死臭を消す。

 「こいつらが食ってるのが動物の死体で良かったよ。」

 ミロクはほっと息をつく。屍喰らいが食うのは基本死肉だが、飢えに苦しみ死に瀕した場合のみ人を襲うようになる。新人冒険者の死因として特に多いのが、油断して屍喰らいに食い殺されること。

 「さ、やることはやった。探索に戻ろう。」


 先ほどの遭遇から一刻が過ぎた。老婆に至る痕跡も、蛇の這いずり跡さえも見つからない。

 「おー-い!!」

 ダンはとりあえず叫んでみる。後ろからミロクに頭をひっぱたかれる。文句を露わにするがもし築かれたらどうする、と怒られてしまう。

 「しかしなあ、ミロクさんや。叫ぶしかやることがないぞ?」

 ダンにミロクの二人は探索をグラヘムに任せて木陰で休息をとっている。強い日差しを木の葉が隠す、流れる汗を心地よく涼しい風が拭う。

 「二人とも、これを見てくれ!」

 そんな時森にグラヘムの声が通る。

 すぐにそばへ駆け寄ると、彼は腰を屈め、地面を撫でている。どうやら何かの痕跡を発見したようだ。

 「これを。」

 持ち上げた掌に乗るのは、綺麗な姿を保った蛇の抜け殻。触っても崩れないことから脱皮して間もないことが分かる。それに、

 「でかいな、ただの蛇じゃあ無い。」

 グラヘムの両手にもとても乗り切らない程長く、太いそれは一つ一つの鱗の大きさからも全長が伺える。それに気になるのは頭の部分が無いということ、不自然に途切れているわけでは無く、とても自然に、そう最初から無かったかのように。

 「つまり、体は蛇でおそらく頭あるいは上半身は、」

 老婆。九分九厘間違いない。

 「まさか蛇女が相手とはな。それでダン、こいつの持ち主はお前の知る奴なんだな。」

 ミロクの問いの答えは既に出ている。自然に浮かぶ笑みは光を飲み込むように暗く影をつくる。不気味なダンの表情に思わず二人は引き下がる。

 「ああ。くく、あいつも度の過ぎたことをしやがる。自らの価値の小ささも弁えない愚か者に、自らの行為がいかに傲然であるかを教えてやる。」

 不運なことだ。相手にしたのがこの男でなければ、狡猾な長虫も穴から引きずり出されることもなかっただろうに。ダンは一人邪悪な笑顔で蛇の皮を握りしめた。

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