第一章 五

 「ちょっと待ってくれ、ダン君。」

慌てるように、ロゼルージュの服を脱がせようとするダンの手を掴む王。

 「状態を見るためだ、我慢してくれ。」

 王とロゼルージュを安心させるよう言う、私は大丈夫ですという彼女に、王は渋々引き下がる。

 服を脱がせてうつ伏せに寝かせる。真っ白な肌、しかしそれを汚すように灰色の蛇の模様が刻印されている。それは絵などでは無く、僅かではあるがうねるように動く。処女雪を踏みつぶすような穢れは、彼女を苦しめる。

 「汚いものをお見せしてすみません。段々と色が濃くなっているらしいのです。」

 苦しいだろう、それなのに気丈に降る舞う彼女は痛々しくて見てられない。

 背中だけではなく、よく見ると手足や腹部にまでも蛇の刻印が蠢く。

 「これは、」

 それを見て、ダンは呟く。

 「何か分かるのか!」

 王は大きな声で詰め寄る。今までなかった希望が目の前に微かに光ったことを感じ取ったようだ。

 「古い呪いだ、それにとても強い。」

 この一年、何十という解呪士に依頼してきたが希望の答えは返ってこなかった、それどころか呪いの種類すら分かるものはいなかった。そんな折、急な光明が見える。

 「解けるのか、」

 興奮する王を窘める、解けるは解ける。しかしとても強力な呪いを解くには、条件がある。

 「この呪いはかけられた本人にしか解けない呪いだ。」

 希望が絶望に一転する。

 灰の蛇、この呪いは対象を死に追いやるとても強力な呪いだ。呪いを解く条件はどちらか二つだけ。一つは術者に呪い返しをして殺すこと。もう一つは、呪いを誰かに移すこと。

 「つまり、誰かは死ななくてはならない、そういうことですか?」

 しかしその説明にどこか悲しい表情のロゼルージュ。

 「誰かの命を奪ってまで、私は生きたいとは思いません。」

 強い意思だ、そしてお人よしすぎる。自分の命の価値を分かっていないのか、それとも分かっていながらも助けを求めないのか。

 「ロゼ!それでは近く、お前は死んでしまう!我はお前まで失いたくはない、」

懇願するように眼を向ける王の顔は、民衆の上に立つ表情では無く、家族を思う優しいおじいさんのようだ。

 「姫、あなたが死ねば悲しむのはここにいる数人だけではありません。この国に住まう民何万、何十万という人間が悲しみに沈むのです。」

 ミロクが説得するように話す、しかしロゼルージュの顔は浮かばない。その中、ダンが口を挟む。

 「そうか、ならこの話は無しだ。俺は生きるのを諦めた、回避できる死をあるがままに享受する人間を助ける程お人好しでは無い。」

 ダンは冷たく引き離す。

 「心が死んでしまった者は既に人間では無い、ただの動く人形だ。」

 その言葉はロゼルージュの心を抉る。彼女も本当は生きたいはずなのだ、しかし優しい心が邪魔をする。輝きの無い瞳からは自然と涙が零れていく。大粒の雨はシーツを濡らし、彼女からは嗚咽が漏れる。

 「生き、たいです。本当は。でも誰かの命を背負う覚悟が、私にはありません。」

 彼女の本音が響く。将来国民の上に立つことになろうと、まだ成人すらしていない幼い少女なのだ。

 「それでいい。その言葉が聞きたかった。」

 ダンは立ち上がると、王へと向き直る。

 「力を貸そう、こんなに幼い少女を苦しめる外道には相応の鉄槌を下さなければいけない。」

 力強い言葉は静かな怒りをともしていた。これからの事を話すために、ロゼルージュを静かに寝かせると、一同は部屋を後にした。

 

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