第一章 四

 色とりどりの花が咲き誇る城内の庭園に、ひっそりと隠れるように建つ木造の小屋。細く静かに流れる川に囲まれた小さな城の周りには穏やかな時間が流れる。外界から隔離されるかのように儚げで美しいこの場所は、現エルキラ王の愛孫である、ロゼルージュ・ヴァン・フォード・エルキラが住まう別邸である。


 王は道すがら今回の依頼の詳細を話し始める。なんでも、今回被害にあったのは孫であり第一王女の身分を持つ、まだ14歳の少女であるという。彼女が生まれてすぐ両親が病に倒れたため、世話をしてきた王にとって、どんな宝物にも替えられない大切な存在であるのだ。王は重々しく、強い怒りを込めた表情で口を開いた。

 「あの日、我が孫は呪いを受けたのだ。」


 静かに語るのは一年前程の出来事。14歳になったばかりのロゼリアは護衛を引き連れ、街の外へと出かけていった。場所は然程離れてはいない小さい森だった。その日は初めてへの外に出たこともあってか、城の庭より遥かに広い世界に、彼女は浮かれていた。

 図鑑にも載っていない、珍しい模様をした蛇が地を這っている。不思議なことにそれは彼女をどこかに誘おうとしているように見える。好奇心の抑えられない少女は、近くの護衛の眼をすり抜けて後を追う。

 少し開けた場所に出る、いつの間にか追っていた蛇の姿はどこにも無く、代わりに切り株に座る老婆が一人。

 「こんなところに一人とは、感心しないねえ。」

不気味な笑い声に鋭い眼光、その引きつった目に見つめられると足が竦む。異様に細長い指が少女の顔を撫でる。

 「お前さんはまだ食べ頃じゃあない、運が良かったねえ。あと一年、熟すのを待っててあげる。」

 唇を割って這い出る二股の舌は、眼前に捉えた獲物の匂いを堪能するように動き回る。老婆は距離をとると小声で何かを唱えだした。再びロゼルージュに近づくと背後に回り、髪を撫でた。毛を一本抜き取ると見せつけるように飲み込んだ。

 「きひひ、これでお前には呪いがかかった。一年かけてお前を締め付ける呪いだ。ゆっくり、ゆっくり、苦悩し、怨嗟しろ。ひひ、苦しみ続けることでお前の味が濃縮される。」

 睨まれた蛙に逃げ場は無い。震える足に締まる喉。助けは来ない状況に後悔を埋め尽くす恐怖が襲う。

 そんな時、ガサガサと草をかき分ける音に、自分の名前を叫ぶ男たちの声が森に響く。

 「ちっ、まあいいさ楔は打ち込んだ。ひひ、またねお嬢さん、一年後を楽しみにしてるよ。」

 そう言い残した老婆は、喜色の悪い笑い声と共に霧のように消えていった。


 「そして護衛たちが駆け寄った時には、既に意識のないロゼが横たわっていた。」

 話が終わるのと時を同じに、庭園の小屋へと到着する。

 「ロゼ!入ってもいいかな。」

 王が軽く扉をノックすると、中から少女の声が響く。中は城の中とは違い、簡素な造りな部屋だ。純白なベッドに腰掛ける少女はこちらに顔を向けると輝くように笑う。

 「おじい様来てくださったのですね!今日はどんなお話を聞かせてくださるのですか?」

 死に瀕しているとは思えない程明るい彼女は光の灯っていない眼を向ける。眼が見えないようだ。

 「悪いなロゼよ、今日来たのはお前の呪いについて話をするためだ。」

今日の目的を詳しく話すと彼女は切なげな表情でほほ笑んだ。


「私のために、ダン様ありがとうございます。」

 頭を下げる動きに合わせて絹のような髪が揺れる、探るように動かす手は虚空を彷徨う。

 「できることをさせていただきます、姫。」

 ロゼルージュの手を取り、ベッドのそばで跪く。その行動に、当の二人を除いた全員が驚きの表情を浮かべる。そんなことができるのか、と言わんばかりな雰囲気に失礼なと不満に思うが、そんな場合ではない。

 「早速だが体を見せてもらうぞ。」

 そう言ってダンは、ロゼルージュの服へと手をかけた。

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